PAPILIO
BL/ML/短編集
灯台下に狼☆
三月も半ばに差し掛かった頃。寒さは段々と和らいで来て、エアコンの温度設定も少し低くても平気になった。そんな中、学校が終わった帰宅後、友達ん家で明日の対策を練っていた。
それは何かと言うと……
「とうとう、ホワイトデーだな」
ベッドを背凭れに座りながらこの部屋の主、達木龍雅はニコニコと笑みを零した。
「龍雅、顔に締まりねーよ……」
龍雅の左隣に座る俺は苛立ちながら言うが、龍雅は気にも止めずに応えた。
「いやー、お返しをする人は大変だなぁっと思って」
「それは……嫌味か?」
「うん!」
いっそ清々しいくらい満面の笑みで返す龍雅は男女問わずモテる男なのだが、生まれ持った運動神経と体力でバレンタインを逃れた。
「だって俺、甘いもの苦手だし、お返し面倒臭いし、どうせ無理して食うなら本命が良いしー? いやー、俺は体力が有って良かったよー」
憎らしく高笑いをする龍雅を横目に、俺を取り巻く空気はなんと重いことか……!
(何が哀しくて、男子校でバレンタインのお返しを考えなきゃならないんだっ!)
「どうせ、俺は体力ねーよ!? すばしっこくもねーよ!? 隠れん坊も苦手な単細胞さっ! あぁ! 思う存分笑うが良い!!」
俺、もうやけっぱち……。
「あー、ヨシヨシ。今から対策考えてやっからな?」
「うん……」
「今日、通った帰り道のルートは覚えたんだろ?」
「うん……」
「明日は、絶対俺から離れんなよ?」
「うぅ……」
俺もう……撃沈。
体育座りで自分の膝に埋もれる俺の頭を龍雅は宥めるように撫でながら、ホワイトデーの対策を口にした。
何で無理矢理渡されたバレンタインに必ずお返しをしなきゃならないかと言うと……“お返し”を逆手に、俺自身が食われそうになるから。
いや! お返しがあるからと言って、油断出来るものでは勿論ないっ! でも、お返しを理由に年中せがまれるよりはマシ……! 例え、追い掛けられる事に変わりはなくても、心苦しさが全然違うっ!
去年、全くその対策をしていなかったから本当に食われ…………思い出すのも悲劇だ……。
「裕真は突っ返す力もねーから、すーぐ捕まっちまうんだよなぁ」
慰めていたはずの龍雅は、楽しそうに俺のダメな所を指摘した。
「そんなの、俺だって解ってるよ!」
だけど、俺にだって言い分は有る。
「だって……俺を追っかけて来るのは! 皆、運動部の強靭な肉体を持った輩ばっかりじゃないかああああ!」
力の差なんか、一目瞭然だああああ!
「わっは! 裕真って本当、兄貴キラーだよなぁ」
いやいや、キラーちゃう! 意味が逆だ! 逆っ!
「龍雅……ちょっと黙ってて」
「楽しいのに」
「楽しくないっ!」
龍雅はベッドに片肘を付きながら、ニヤニヤと俺を眺めていた。
“俺の不幸が大好物なんじゃないか?!”って思えるくらい楽しんでいる龍雅は俺の近所の奴で、小学校低学年の時に越して来てからずっとツルんでいる。
龍雅はその頃から女子にモテていて、運動も出来る奴だから、男からも一目置かれていた。
対して俺は……
「高校に入って、やっとモテたのにねっ! ぷぷっ!」
「龍雅、黙れ!」
今までは低身長の女顔が祟って、イジメの対象にはなってもモテたことはなかった。
でも……! 女顔で背が低くても、歳を重ねればモテると思うんだ! 同学年だから興味持たれないだけで、年上なら…………って、俺は年下が好き……。
「裕真って、立ち回るの下手だよなぁ」
「はぁ?」
「逃げるんじゃなくて、手玉に取れば良いのに」
俺は何処ぞの悪女か?
「そんなの、バレた時に倍返しじゃないか!」
末恐ろしいっ!
「あっは! そうか! しかも、ヤられんの前提だな!」
「ばっ! 俺の貞操を守れ!!」
勢い良く言った俺を、龍雅はまた頭を撫でた。
「大丈夫、大丈夫。守れるのなんか俺しかいないって!」
「龍雅……」
ちょっと悪ふざけが過ぎるだけで、本当は良い奴だって俺は知っている。
「んで、明日の対策なんだけどな……」
言いながら龍雅の口角がめちゃくちゃ上がるのを見て、背筋に冷たいものが通ったのは……気のせいだったと思いたい。
「ちょっ!? おい、龍雅! 本当にコレで大丈夫なのか?!」
「おーバッチリ、バッチリ。皆、大喜びだ!」
「よろっ?! 喜ばしてどーすんだよ?!」
「あっ! ばっか、動くな! 際どいのが良いんだからー」
思わず動いてしまった俺に、距離を取ってカメラを握っていた龍雅が近付いて来た。
「こら、膝閉じる! 角度はこう!」
「うぅ……」
あの後、龍雅に渡されたのは女物の制服。セーラーではなく、長袖の白いブラウスと赤色チェックのリボンにスカート、そして濃紺のソックス。膝上七センチのプリーツスカートが、何とも頼りなさげだ。
半ば無理矢理に着せられた俺は、ベッドの端に座らされていた。両手はベッドの上に乗せて、膝は閉じろと怒られた。
てか! 男の骨格的に、膝を閉じたまま座るのは辛い……!
女特有の、膝を閉じて足先を肩幅に開いた座り方を指示された俺は、恨めしく龍雅を睨み付けた。
「はい、裕真ちゃ〜ん、そんな顔しなーい! スマイル、スマイル〜。それじゃあ、撒き餌にならないよぉ?」
撒き餌──それが今回、写真撮影が始まった理由……。
『はあ?! なんでこんな格好しなきゃなんねーんだよっ! ホワイトデーつったら、クッキーや飴だろぉ?!』
『ばっかだなぁ。裕真の追っかけが、飴やクッキーで足止め出来る訳ないだろぉ。んなの、女子供の対象商品だ!』
さも、お菓子は役に立たんと言わんばかりに龍雅は豪語する。さすが、お菓子嫌い……。
『あぁ、でも裕真なら足止め出来るかもな! 危ない奴には着いて行くなよー?』
『ばっ! そんなの、散々学習したわいっ!』
言葉巧みに騙されて、何度逃げ出したことかっ!
『あぁ、そう言えば、小さい頃はおっさんやお兄さんにモテてたなぁ』
ちっくしょお! 人のカオス時代を思い出させやがって!
要らん経緯の末、上手く言いくるめられた俺は、一応納得して着たのだが……。
「はーい、裕真ちゃ〜ん。そのままの格好で、視線をココにくれるかしらぁ? はい、オーケー! じゃあ、今度はこっちねぇ!」
人差し指を上や下に移動させながらカシャカシャと軽快に写真を撮る龍雅は、さながらオネェ系カメラマン。
誰か、このナリキリ馬鹿をどうにか……って、俺しかいねーか。
疲労感ばかりが増すこの状況下で、色んなポージングを取らされた俺。すっげぇ情けねー……。
「龍雅、そんなに写真必要か?」
「裕真は、解ってないなー。一枚や二枚じゃ、撒き餌の効力なんてすぐ消えんだよ」
「ふ〜ん……」
(男に興味が湧くこと自体が解んねーから、こう言うことは龍雅に任せとこう)
言われるままに撮られた写真は龍雅曰わく『萎えない程度に、エロ過ぎず!』らしい。俺に対してのその境界線は良く解んねーが、女のチラリズムなら解る。
チラリズム、良いよな……。
「裕真、少し休憩するか」
「え? まだ撮んの?!」
「勿論!」
龍雅の台詞に絶句しながら、俺はさっき座っていた定位置へと腰を下ろした。
「なぁ、この服って貰いモン?」
テーブルの上に乗っかっている俺用のお菓子に手を延ばしながら、ずっと疑問に思っていたことを聞いてみた。
「んなの、ネットに決まってんだろぉ」
隣に座る龍雅は、答え終わるとサイダーが入ったグラスに口を付けた。
「なんだ、てっきり元カノのだと思った」
「ぶっ!」
「きっったねーなぁ! 何してんだよ?!」
サイダーを正面にぶちまけた龍雅に、俺は驚いて声を荒げた。
「おまっガッ、ヘンなっト……言っからだ、ろぉ! ゲェッホ!」
気管支に入ったのか、龍雅は苦しそうに言葉を紡ぐ。
「あーあ、カーペットびっしょびしょ〜」
サイダーだから、後でベタベタだな……。
龍雅は手近にあったタオルでカーペットを拭きながら、かなり残念顔。
いっつも俺のことからかってばっかだから、ちょっとイイ気味!
龍雅は適当にカーペットを綺麗にすると、再び俺の隣に腰を下ろした。
「俺……裕真に彼女いたこと言ったっけ?」
「言ってねーよ」
帰りは変わらず俺と一緒だったけど、そのままの流れで遊んでたのが減ったんだから嫌でも解る。まぁ、龍雅からしたら子守りみたいなモンだけどな。
一年の時は本当に大変で、盛りの付いた先輩達から逃げ回る日々……。それを見兼ねた龍雅が、運動能力を生かして、各部の主将をやっつけてくれたんだよなー。俺らの高校はバカ高だから、運動部さえ押さえちまえば大丈夫!
まぁ、それでもクリスマスやバレンタイン時期は追われて、もっかい龍雅が絞めに回ったんだけどねー。いやぁ、友達想いな奴がいて助かったよ!
「裕真……」
「ん?」
「女じゃなくても、スカート履いてる時は脚閉じろ」
「あ? ヤダよ、いずい」
それに、イイ感じにパンツが隠れるようにスカート広がってるし、胡座ラク!
「裕真」
「あ?」
テーブル上の俺用菓子の一つ、チョコレートを摘んで口に入れる寸前に龍雅にまた呼ばれた俺は、横目で視線を向けた。
「良く食うな」
呆れ顔で言われて、俺は口の端を上げた。
「龍雅も食う?」
嫌いなのを知りながら俺は態と訊いてみるが、案の定めちゃくちゃ嫌な顔をされる。
「だから、無理して食うなら本命だって言ってんだろ」
「龍雅は本当、菓子嫌いだよねー」
拝みたかった顔を見れた俺は、気を良くして口許に留めていたチョコレートをポイッと口の中に放り込んだ。少し噛めば、徐々にチョコレートの味が口内に広がる。
「んまー、龍雅も食えば良いのにぃ」
いつもからかわれて腹が立つから、俺が唯一出来る龍雅への報復! てか、菓子嫌いって珍しいよなー。スナック菓子も洋菓子もダメで、頑張って食えて和菓子と煎餅……ばーちゃんかよ。
「別に食ってやっても良いが……」
「え?」
「それが本命としてなら、な」
「はあ?!」
龍雅の目線の先には、俺の指先に在る何個目かのマカダミアナッツ・チョコレート。
これ、旨いよなぁ。 で、なくて! こいつ! また俺のこと、からかってんのか?!
「良いぜ……」
「あ゛?」
返り討ちにしてくれるっ!
「本命チョコとして、五号のチョコレートケーキをお前に進呈してやる!」
キッと睨んだ先には、ニヤリと笑う龍雅の顔。
(うっわ、こいつも何か企んでやがるな?!)
「本命ケーキをくれるってことは、告白付きだよな」
「へ?」
「俺への気持ちをくれるってことだよな?」
こ……こいつっ!
「まさか、嫌がらせしたい一心で言ってないよなぁ?」
解ってて、ワザと言ってんな! こ、こうなったら……!
「当ったり前だろ! 俺がそんな子供地味たマネする訳ないだろっ!」
「へぇー、してくれるんだぁ? 裕真が俺にねぇ〜。へぇー」
「な、なんだよ……?」
お前、不気味だぞ?!
「俺、今すぐ聞きたいなー。裕真の愛の告白」
「はああ?!」
「何? 嫌なのか?」
たり前だろぉ!
「男に二言でも有るのか?」
こ、こいつ……!
「裕真の愛は偽りかぁ、そっかー」
明らかな挑発に苛立ちを感じながら、俺は膝の上の拳を強く握った。
「な訳ないだろ! 言ってやっから、覚悟しろよっ!」
つったって、愛の告白って何だ?!
「濃厚なの聞きたいなぁ」
パニクる俺に、龍雅はニヤニヤとプレッシャーを掛けて来る。だけど俺の頭の中ではありきたりな台詞しか思い浮かばず、脳みそが沸騰してしまいそうだ。
(てか、濃厚な告白ってなんだ?!)
龍雅の注文が無理難題過ぎて、俺は頭を抱えたまま動けなくなってしまった。そんな中、龍雅が優しい声で俺を諭す。
「裕真、俺の良い所言ってみ?」
「へ? 良い所?」
「そっ、良い所」
んな、突然言われても……!
「んーと、“俺を助けてくれる所”……?」
「それから?」
「それからぁ、“強い所”」
「それから?」
「それから……んとー、“笑った顔”?」
ふと浮かんだのはそれくらい。
「裕真」
「あ?」
「ソレ、全部最後に“好き”って付けてみ?」
「へ?」
言われるままに脳内でくっつけてみる。そしたら……俺のほっぺたの気温が上昇して、思わず龍雅から顔を背けてしまった。
「な、それらしくなったろ?」
後頭部から龍雅の視線を感じるが、俺は顔を戻せない。
「裕真、ちゃんとイチから言ってみ?」
んな?!
「偽りじゃないんだろ? 愛の告白してくれるんだろう?」
うっ、俺の揚げ足取りやがって……!
「やっぱ嘘か?」
「だあ! めちゃくちゃ愛してるっ! これで良いか?!」
勢い任せに振り返って叫んだ俺に、龍雅は驚いた顔を見せた後、ニヤリと北叟笑んだ。
「裕真は単純で可愛いなぁ」
「はああ?!」
この言葉で俺が龍雅に嵌められたことに気付いたが、んなもんは後の祭りで後悔先に立たず……だ。
「裕真、俺は両想いで嬉しいよ」
「あ゛?!」
(なんか、話の方向性がおかしくないか?!)
言うやいなや、龍雅の唇が俺のそれに軽く重なった。
「告白したのは、佑真だからな」
俺の拒否権を奪うように言う龍雅は、そのまま俺をカーペットの上に組み敷いた。
(いやいやいやいや! 何がどーなってこうなる?!)
俺の頭はパニックで、抵抗らしい抵抗も出来ないまま…………食われてたまるかっ!
「だあ! バカ龍雅! 離せー!!」
ケーキ一つで、俺の貞操をあげられるかっ!
それでも、俺が龍雅に勝てる訳はなく……。
そして、俺の受難が始まった──。
ありがとうございます!