PLAY HOUSE
ホームコメディ/モンスターハウス/R指定
輪
陰惨で、しかしどこか甘美な光景が目の前にあった。
「んむっ……んっ、ううん……!」
「ちょっと〜? お口がお留守になってるよ? 腰ばっか振っちゃってさぁ〜」
「んぶっ……んっ、ぐぅ!」
じゅぷっ。じゅぶっ。
空気と粘り気のある水気が混じったノイズ。
肉と肉が激しくぶつかり合うパーカッション。
そして下卑た嘲笑の雨から溢れるあえかな声。
俺はそれを、地面に身体を張りつけたまま、ただぼんやりと眺めていた。
「あんっ、んっ、んうぅっ……」
「んだよ。そんなに突っ込まれんのがいいのかよ〜! 一丁前にアヘりやがって!」
「こっちはもっと奥まで咥えろってんだよっ……オラッ!」
ずぶっ!
「おぶうっ!?」
「あっは! こっちの締め付けすげぇっ! 何? こいつ。甚振られると感度上がるわけ?」
「ははっ! とんだMだな。こんな可愛い顔しててよ〜、ん? 淫乱で変態ってか?」
よく言うよ。
たった一人を拘束して、声を上げられないようてめぇのブツを喉奥まで突っ込んで、腰を掴んでパコパコヤりまくって善がってんのはお前らのほうじゃないか。
ついさっきまで、客人が来たと喜んで、あんなに無邪気な笑顔を見せてたこの「人」を、無理やり押し倒して、動けなくして、裸にひん剥いて犯し始めたのはお前らのほうじゃないか。
おかげで、風呂上がりだったこの「人」の綺麗な身体は、すっかり汚れてしまった。白かった肢体にはキスマークだけでなく痛々しい歯型までつけられて、頭からつま先まで汚く臭う白濁で汚されて、サラサラだっただろう綺麗な茶髪には小便までぶっかけられて。
しかも、先ほど初めて目にしたこの「人」の桃色だったアナルは野郎のブツ以上に拡張されてしまっている。どこか切れてしまったんだろう、赤い鮮血までもが滴っている。
痛々しい。酷すぎる。
この館に居ただけで、なぜこの「人」がこんな目に遭わなければならない? この「人」は、ただ俺を迎えてお茶を出してくれただけだ。クッキーを勧めて、お話ができたと喜んでいただけだ。
「んんっ、うぶっ……んんうっ!」
くぐもった声は苦しそうで、けれどどこか甘みを帯びて野郎どもを欲情させる。どこまでも汚れてしまっているというのに、その表情は、その身体は、どこまでも煽情的だった。
野郎の一人がごくりと喉を鳴らして、この「人」の胸の突起にむしゃぶりついた。
散々弄ばれて真っ赤に熟れていたそこは、痛いくらいに敏感になっているんだろう。沖に上がった魚のように、この「人」の身体は大きくビクンと撥ねた。
「ふはッ!! 締まりイイ! あ〜やべぇっ。またイくわ、俺」
「俺もっ! 今度は全部飲みこめよぉ?」
「んんっ、んっ、んっ……!!」
上げることすら叶わない、悲痛な悲鳴。
それでも、こいつらは、この「人」に向かってこう言うのだ。
「おらおら! もっと全身使って奉仕しろっての、なぁ? 化け物さんよぉ!」
二時間前。
バカだバカだと思ってはいたけど、まさかこいつらがこんなことをやらかすとは思っていなかった。とはいえ、俺に逆らう余地なんてない。俺はいつだって、こいつらの言いなりなのだから。
「なぁ〜、ここでホントにあってんのかよぉ?」
「はぁ? 俺が知るかよ……このまままっすぐじゃね?」
「つーか、ホントにあるわけねぇだろぉ? あったとしても、いんのは幽霊じゃね?」
俺の前を歩く三人は、ギャハギャハと下卑た笑い声を上げて道なき道をガニ股で闊歩する。ふかした煙草はこれで何本目だろうか? 俺は風下にいるから、さっきから煙くてたまんねぇ。
暑くてセックスすんのもだりぃ、ボリボリと股間を掻きながら「んじゃ肝試ししようぜ〜」と言って勝手にこんな山奥まで連れてこられた。正直、嫌でしょうがなかったけど、何もかもにむしゃくしゃして、たまたま出会ったこいつらとつるむようになって、酒飲んで悪やって、あちこちに迷惑を掛けてしまったことが弱みとなってパシリにされてしまったのだからしょうがない。
自業自得としか言えない。そんな俺の罪を利用して、さらに悪事に手を染めさせるこいつらに、逆らうことなんてできなかった。
まぁ、もういいのだけど。もう人生がどうでも良くなってしまった俺にとってそんなことは。
しかしだ。
こんな暑い中、地元じゃ誰もが知ってる都市伝説のモンスターハウス探しなんてかったるすぎる。どんだけ暇なんだよ、コイツらも。
とある国立校舎裏にある、私有地のため立ち入り禁止となっている裏山はなかなかに広大で、とてもじゃないが人が目的なしに入るような場所じゃねぇ。しかし、途切れることのないあの噂は、俺がガキの頃から流れていた。
モンスターハウスに住む、四人の兄弟。
長男は冷酷非道の鬼畜野郎。次男はイかれた機械狂。三男はもはやモンスターそのもの。
いずれに会っても、その先には死が待ってる。
誰がいつ流したのかは知らねぇけど、二十歳を過ぎればつまんねぇ噂だ。山に立ち入らせないようにするための噂だろうけどさ、もっと捻りを入れろって話。とはいえ、ちっせぇガキだったころの俺には、そこそこ怖い都市伝説だったけどさ。
ん? 四男はって?
実は俺、四男の噂だけ知らねぇんだよな。
そうして、あてもなくだらだらと歩くことしばらくして。それは忽然と俺達の目の前に姿を現した。
「は、ぁ?」
おいおい。マジかよ……。
俺の目は、極度に悪くなったらしい。
「マジであった……。おい、マジであったよ、おい!」
「はっは! 何これ! マジウケる! ここは二次元かよ!」
俺たちの目の前には、洋館があった。
それもなんつーか、ホラーゲームとかに出てきそうな、いかにもってやつ。古びた洋館って例えりゃ、すぐに浮かぶような感じのアレが、こんな山奥にあった。
こんな日本の、山奥に。
動揺と興奮を隠せず、あったあったと馬鹿騒ぎをする三人。けれど俺はただ一人、ぶるりと身体を震わせた。
背筋にゾッと寒さを感じたんだ。
一人が言った。
「ここ、マジでヒトが住んでんのか?」
それだった。
ある種の雰囲気醸し出してる洋館だが、人気が無い。いや、むしろこんな山奥で人が暮らせるのか? 道とよべるような道もない、コンパスも利かないような、こんな山奥で。
ごくりと喉が鳴る。
洋館には付き物の、ツルの巻きついた鉄の門がキィキィと音を立てながら俺たちを中へと誘惑する。
「入るのか?」
小さく控えめに尋ねれば、ギャハハとあざけ笑った。
「何ビビってんだよ! 入るに決まってんだろが! ビデオ、回しとけよ!」
「おっけ!」
選択肢は一つだった。
蜘蛛の巣が巻きついた、いかにもなライオンのノッカーを無視して、俺たち四人は洋館の中に侵入した。誰かの私有物であれば不法侵入ってやつか? いや、立ち入り禁止のこの山に入った時点で、すでに犯しているけれど。
当然のごとく、明りなどない館内。真っ暗闇の中、携帯の明りをそれぞれがつけながら、この広いエントランス内を見渡した。真夜中ってこともあり、また中が想像通りの物すぎたってことが、興奮を助長させる。
不気味だった。
「んじゃよ〜、モンスターを見つけたら知らせるってことで!」
「知らせる前に死ぬんじゃね〜?」
中を見渡している間に、各自解散ムードとなっていたらしい。四人はバラバラに洋館内の散策を始めた。このまま勝手に帰ったら殺されっかな? と思いつつも、俺はぽつんと一人そこに残った。
まぁいいけど。一人の方が気軽だし。
あまり役にたたねぇ、携帯のライトをつけながら、再び方々をざっと見渡した。
「ここでいかにもだと……美術館みてぇだな」
外から見たら二階建てのこの洋館。玄関からはご丁寧にレッドカーペットが敷かれていた。
ギシ、ギシ……と、音を立てながら俺はゆっくりと前に進んだ。
「さて、どっから見てくかね」
呟いた瞬間、奥の方からガシャン! という何かが割れた音と、下卑た笑い声が聞こえてきた。アイツらの仕業だろう。ため息を零しながら、俺の傍にもあった壺に目を凝らした。
「高そ」
価値なんてわからねぇけど、なんの壺かわかんねぇそれに触れてみる。
「ん?」
あれ? もっと埃が被ってるかと思えば、そうでもない……どころか、埃被ってねぇ? ライトで照らせば、それは手入れをされているように綺麗であることがわかる。
「まさかな」
誰かが住んでる? いや、誰かがここへ来て、掃除をしている?
これだけ立派な洋館だ。意味なくここに建っているわけじゃねぇだろう。噂が嘘だと脳が訴えているせいか、思考がまともに働かねぇ。
ここは私有地なんだ。住んではいなくとも、ここは誰かの物ってことだ。
さっきアイツらによって割られた何かは、請求書もんだってことになる。
「はあ」
俺ら以外の誰かが来る前に、ずらからねぇとな。
そう思いながら視線を下に落としたところで、あるものを発見した。
「地下?」
ライトがそこへ落ちなければ、気づかなかったろう床の溝。なんだこれ? と思いながら溝をなぞるようにライトで照らせば、中に引っこんだ取っ手らしきものがあった。やっぱり埃の被ってないそれを掴み、グッとこちら側に引き寄せれば、地下へと続く階段が姿を現した。
「これはいかにもってやつだなぁ」
ホラーゲームにはあるある的な隠し通路。普通じゃ入りたくはない。
けれど、俺はなぜかその先に引き寄せられた。
奥なんて暗くてわかんねぇ。目を凝らしたってその先は見えねぇ。けど、その先がなぜか、知りたくなったんだ。
ごくりと喉を鳴らす。
「ホントにいたりして」
俺はその先の一歩を踏み出した。
コン、コンと響く俺の足音。スニーカーなのに踵部分が音を鳴らす。ゆっくりと、そして確かに一歩ずつ下へと降りて行く。
白骨死体とかあったらどうしようって心の中でびびりながら、俺はゆっくりと降りて行った。
そして、永遠にも続かなかった階段は、ある扉の前に繋がっていた。
「何があるってんだよ」
先ほどの豪華な扉と比べれば、それは普通のドアだった。鍵とかも特についてない。ドアノブへと手を伸ばし、奥へとそれを押し出した。
目の前にはテーブルがあった。喫茶店とかにありそうな、普通の丸テーブル。しかし俺が驚いた所はそこじゃない。
部屋だった。
そのテーブルを始め、二脚の椅子、ソファ、ベッドやチェスト、スタンドライトに観葉植物等など。
生活感溢れる、ごくごく普通の部屋があった。
「人……住んでんのか?」
ホントに住んでんのか? こんな山奥の、こんな洋館の、地下に? いったい誰が?
ライトを照らす必要はなくなった。照明は決して明るくはなかったが、ちゃんとこの部屋一帯を見渡せるくらいの明るさを作っていたから。そして、外はあんなに暑かったってのに、ここは山の中だからってことを除いても、快適過ぎるくらいに涼しかったから。
俺は入っちゃいけねぇとこに入ったらしい。アイツらだったらともかく。
これ以上は深入りせず、俺はその場を後にしようとした。ここから出て行こうとしたのだ。もうこれ以上、何も知りたくなかったから。
なのに。
「う〜ん……いいお湯だった〜」
ベッドの横にあった別のドアから、「人」が現れたのだ。
ぎょっとした。心臓が飛び出そうなほど驚いた。
まさか本当に人がいるなんて思わなかったから。
けれど、この時俺が驚いたのはそれだけじゃなかった。
カッターシャツ一枚の……あきらかに風呂上りの「人間」。
「ん?」
その「人」は目の前にいた不審者の俺に気づいた。そして、間抜けた様な声を出す。
「あれぇ?」
特に驚いた様子なく、俺をざっと見てから首を傾げた。
「おきゃくさま……ですか?」
ここでそんなこと言えるなんて、どういった神経してんだこの人? 冷静に俺は心の中で突っ込んだが、首はなぜか縦に頷いていた。
すると。
「うわぁ〜。ひさびさのおきゃくさまだ〜」
高いけど、確かに男の声をしたこの人は、心底嬉しそうな笑顔をこちらに見せた。え、男なの?
小柄で華奢だからよくわからなかった。だって、顔もよく見ればそこそこ美人だし。男に見えなくもないけど、女に見えなくもない。あ、でも胸はないか。
ツーと俺の視線が、剥き出しの生足に行く。
細い……けど、なんかエロいっ! 太股まで見えてるのに、やたら女みたいに色っぽかった。男なのに! ラインも男のモンなのに!
あいつらならともかく、俺はノンケだった。ノンケのはずだった。
でも……
「わかいな〜。こんなへんぴなとこに来るの、たいへんだったでしょう? いま、お茶菓子だしますね〜」
この「人」……なんでこんなに色気が半端ねぇんだ?
濡れた髪をタオルで乾かしながら、見知らぬ不法侵入者相手に茶を出すのだという。顔がここまで整ってなかったら、ただの変な「人」だ。
でも、まだ色々と混乱している俺は正常な思考でいられず、この目の前のニコニコとしている変な「人」に流される。
「ソファがいいかな? 適当に寛いでね〜」
ふんふん♪ と、鼻歌を歌いながら、テーブルの上にあったクッキーを俺に勧めて自分は奥のドアへと向かう。出されたそれに、馬鹿正直に手を伸ばす俺は、もう一度視線をきょろきょろと泳がした。
「なぁ、アンタ。ここに住んでんのか?」
「住んでますよ〜。そうじゃなかったらここにいません〜」
お茶の用意をしているらしい。カチャカチャと食器を出す音は手慣れていた。
下は穿かないのだろうかと思いながら、俺は頷きながら呟いた。
「てことは、アンタがモンスター兄弟ってわけか」
「モンスター? ぼく、モンスターに見える?」
クスクスと笑いながら、俺の呟きに応えるモンスター。いや、まぁ……見えませんね。
けど、この「人」の持つ金色の瞳は珍しいと思った。
「えぇ〜っと、コーヒーと紅茶、あとカモミールティーにほうじ茶。京都に行った時のお抹茶もあるよ? あ、ジュースの方が良い? 今の若い子の好みってよくわかんないから」
「俺とアンタ、歳近くない?」
口ぶりは年上だといわんばかりだ。でも、この「人」はどうみたって二十歳前後。俺と歳はそう変わらないように見える。
だが、何が嬉しかったのか、頬に手を当てて、まるで女の子のように喜んだ。
「やだ〜。ぼくってば、そんなに若く見える?」
若作りなのか? 実際の歳が気になった。
結局、自分と同じ冷たい麦茶を俺に出して、クッキーをサクサクと食べながら、自然とお茶モードに突入した。女子かよこの人。つか、俺もなんで流されてんの?
「それで〜? ここには一人で来たの?」
「え、あ……いや……」
やべぇ。あいつらも来てるなんて言えねぇ。すっかり忘れてたけど。今更になって自分が何しにここに来たのか思い出したけど。ホントにこんなのんきに茶なんて飲んでる場合じゃねぇよ。
俺は食べかけのクッキーをテーブルの上に置いた。非情にマナーが悪い。
「その感じだと誰かと一緒だね。お友達? 家族? 恋人?」
人畜無害な笑顔を向けられて、俺はしどろもどろになりながら話題を変えた。非情に怪しい。
「そ、それよりアンタは? ここに一人で住んでんのか?」
気になっていたことだ。掃除はこの人がしているにしても、地上の部屋はたくさんありそうだ。一人ってのはあまり考えられない。
そして予想は合っていたらしい。
「ん〜ん。いまは一人でお留守番中だけど〜、普段はぼく入れて四人で暮らしてるよ?」
四人? 四人ってそりゃまさに。
「モンスター兄弟……」
「うん。そう。四人兄弟なの。ぼく末っ子」
ホントに兄弟かよ。噂はあながち間違ってない。ってことは、だ。
「へぇ……三男は鬼だったりすんの?」
思わず口に出た疑問。しかしこの「人」は目をまんまるくして首を横に振って否定した。
「サン兄さん? とんでもないよ。サン兄さんはすごく優しいよ。あんまり喋らないけど、すごく優しい」
サン? 三男の名前か? なんか変な名前っつーか、やっぱ外人なのか? この人も、顔立ちは日系じゃないし。髪の毛茶色だし。
「じゃあ、上の兄さんは厳しいのか?」
「うん。ヨウ兄さんは厳しいね。でも、口が悪いのはニノ兄さんかな。一番優しいのはサン兄さんで、あっちの方もすごく優しいもん」
「あっちの方?」
「ふふ。男の子とお話できて嬉しいな。最近はめったに他のものとお話できなかったから、ちょっと退屈だったんだ」
もの、という物言いに疑問を感じたけど、この「人」は気にせず笑顔を見せて自己紹介をした。
「ぼくね、リヤって言うの」
本当に俺を、なんとも思ってないんだろうか。
不法侵入した時点で感じなければならなかった罪悪感が、今さらになって込み上げてくる。
ここにいちゃいけない。俺の中の何かが、そう告げた。
「アンタ。どこかに、隠れてたほうが……いい」
「どうして?」
あいつらが来る前に。
この「人」をどこかに隠さなければ。
じゃないと。やばい。
この「人」を見つけた瞬間に、あいつらは絶対にヤる。ろくでもねぇアイツらは、それを平気でやってのけてしまう。
あいつらの下卑た笑い声が、どこかから聞こえてくるような気がした。
「大丈夫? 顔色悪いよ?」
リヤと名乗ったその「人」は、心配そうに俺に声を掛けた。俺の肩に触れて、顔を覗き込む。
綺麗な人だ。だからこそ、俺たちは出て行かなければならない。
館はあった。けれど、住んでいるのはモンスターじゃない。
「よくわからないけど、ゆっくりしてって? ご飯も食べてく?」
のんきすぎる。危機感のないこの「人」はぜったいに食われる!
俺はリヤさんの手を取って、どこか隠れられる場所はないかと辺りを見渡した。
だが。
「お〜。モンスター発見? ぎゃはは!」
「可愛いモンスターちゃんだなぁ! 」
時すでに遅し。
あの下卑た笑い声が、耳に入ってきた。
それから……俺は即座に殴られた。つか、ぼこられた。
なんでかって? それはこの見ず知らずの「人」を助けようとしたから。逃がそうとしたから。
そしたら、はっ。敵うわけがねぇのにな。俺はぼこぼこにされた。ふるぼっこだ。顔面もだけど、鳩尾とか、背中とか、足とか……とにかく体中が軋んで痛かった。さっき食ったクッキーも、胃の中から出ちまったし。
地べたに転がり、何もできなくなった俺はただぼんやりと、それからの惨状を眺めていた。
この「人」……リヤさんは今、かろうじて着ていたシャツを引っ下げたまま、四つん這いの形で野郎の勃起したアレを前と後ろに突っ込まれている。
野郎はというと、内一人はリヤさんの喉奥が気持ちいいのか、聞いてて気持ち悪ぃ喘ぎ声をはっはと出しており、また一人はリヤさんの腰を掴んでガクガクと激しく腰を振っている。また、リヤさんの下では彼の乳首を美味そうにしゃぶる野郎がおり、どんなAVだよと心の中で突っ込んでいた。突っ込んでいた自分が、吐き気がするほど気持ち悪かった。
「んっ、んぶっ、んぅう〜……ぐっ、んっ!!」
リヤさんの表情が苦しそうに真っ赤に歪んでいる。涙と唾液と白濁が、っぐちゃぐちゃになってボロボロと零れている。
ああ、腹いてぇ。
俺は何もできなかった。
「うっ、やべぇっ……イくっ、イくイくっ……出すぞっ!」
「おぶっ、んっ、っ、うぶううっ!」
これで何度目なのか。絶倫かと思ってしまうほど元気な野郎どものソレからは、どぴゅどぴゅと臭いザーメンがリヤさんの中という中に注ぎ込まれた。ごぎゅごぎゅっていう、嚥下の音が、こちらの喉奥をも苦しく感じさせる。
こいつらはリヤさんが最後まで飲みこんだことを確認すると、何が可笑しいのか。さらに、高らかに笑い始めた。
「ぎゃはははは! きもちぃぃぃ! なんだこいつ! すっげイイ!」
「あれだろ! 便所! 公衆便所だっ!」
「精液塗れのきったねぇ便所だなぁ! あはははは!」
ああ、聞いてて頭が痛くなる。おかしくなる。うるさい。
気持ちが悪い。
霧などないのに、ぼやぼやと霞み始めた視界の向こうで、あの「人」はいまだ四つん這いのままだ。
しかし、ズルリと喉奥からアレを抜かれたことで、リヤさんの口は解放される。ケホケホと咽ながら、ポロポロと新たな涙を零しながら、リヤさんは目の前の野郎を見上げた。
とろんとした虚ろな表情。
それを見て、なぜか俺の股間が熱く感じた。なぜか……なぜかはわからない。けれど一瞬だけ、めまいのようなものが俺を襲ったんだ。
なんだ? わけわかんねぇ。俺は誰にも知られず頭を振った。
そして再度、奴らの方を見ると。
「んっ、はっ……はぁっ、はぁ……ん……んむ……ちゅぷっ、れろ……」
「おおっ? コイツ、なんも言わずにチ○ポ咥え始めたぞ!」
リヤさんが、野郎の出したばかりの汚いソレを両手で包んでしゃぶり始めたんだ。
俺は自分の目を疑った。
何も強要されてないのに、ちろちろと真っ赤な舌で野郎の幹を舐め回す。それも丹念に、丹念に。
美味しそうに。
「んちゅ……ん、ちゅく……ちゅる……」
どこか恍惚そうに見えるのは、殴られたせいで視力がわるくなったからだと俺は自身に言い聞かせた。
だってそうだろ? ありえないだろ?
リヤさんが、あんな。
あんな美味そうに、恍惚とした顔で野郎のソレをしゃぶるなんて。
おまけに空いた両手で、再び上へと昇り始めたソレを包むように握ると、慣れた手つきで扱き始めたんだ。そしてされるがままの野郎はというと、出し切ったばかりの性欲を助長されて再び気持ち悪ぃ喘ぎ声を上げ始める。
「ふっ、うっ……くおっ!」
「んむ……ちゅう……ちゅぷっ」
リヤさんは昂ぶったソレを再び喉奥へと呑み込んで、野郎のペースに合わせるようにゆっくりと頭を動かし始めた。たっぷりと絡めた唾液と、野郎から溢れ始めたスケベ汁の混ざり合う音が異様だった。
俺は耳まで悪くしたらしい。
「やべ……」
「もっかいイけそう」
他の二人が当てられる。
先ほど乳首をしゃぶっていた野郎が今度はリヤさんの腰を掴んで昂ぶり始めたアレを無理やりアナルへとねじり込む。すると、くぐもった悲鳴がリヤさんの喉から上げられた。
「んっ、ぶっ、んんー!?」
あぶれた野郎は自身の萎えたブツを握り出し、上下へと扱き始めた。
リヤさんに咥えられた野郎はもう高まったのか、リヤさんの首を両手で抱え込むようにしっかりと握って、自身の欲のままに無茶苦茶にする。まるでオナホールだ。
もう何が何だかわからない。
「んっ、じゅぷっ、んっ、んんぅ、ぢゅっ、じゅぷっ、んぶうっ!」
「イけるっ! コイツっ……コイツやべぇよっ!」
「ああ、やべぇよ、ちくしょうっ! 良すぎだっての!」
「あ、も、出るっ! 出る出る出る〜!」
「あっ、熱っ、んっ、あぁっ、はげ……しっ、んぶっ、んっ、んんぅ!」
俺を除いたその場にいる四人全員が、弾けていた。
「んぁっ……はぁっ、はぁ……ああんっ……やらぁっ」
腰の方にぞくりとくる。脳が蕩けるような錯覚に陥るようなBGMは、ただいま野郎の一人にプツンと尖りきっている乳首をしゃぶられるモンスター。
弾む息から溢れる声は、野郎どもに犯されるたびに甘さを増しているような気がする。女のような膨らみなどない薄い胸など舐めしゃぶって美味いわけがないのに、今の俺の頭はおかしくなっているらしい。
野郎は美味そうに、仰向けに寝転んだリヤさんの胸をむさぼり続けている。
痛く重いはずの俺の身体。なのにどうしたんだ?
何か……変な感じがする。
俺はなおも犯されているリヤさんを見た。
「んっ……やぁ……も、そこ……舐めちゃっ、やだぁ……」
さっきから右のほうばかりを舐めしゃぶられている。時折、野郎の舌から見える尖りきった赤い粒は、ただ舐められているというよりは、快感を与えられるようにしてしゃぶられているように思えた。
野郎は唾液塗れのリヤさんの胸から唇を外すと、乳首の先っちょをちろちろと舐めて遊び始める。それがいったいどんな刺激になっているのか、リヤさんの上げる嬌声と表情が物語っていた。
「んんっ、ぁっ、んぁっ、や、いやぁっ」
「んだよ……ちゅくっ……気持ちいいくせに……いいんだろ? ここ、弄られんの」
「ひあぁんっ! つ、抓っちゃ、やあぁっ!」
弄られていなかった左側を、ギリッと抓られると、リヤさんは甲高い悲鳴を上げた。けれど、その悲鳴は聞いてて虚しくなるものではなく、また哀しくなるものでもなく。
もっと聞いていたい。そんな、馬鹿げたことを考えてしまう脳みそに仕立て上げてしまうほどの、心地よいものだった。
身体が熱い。
なぜだろう。さっきまでは、あんなにリヤさんを助けたかったのに。
俺は今、何もしたくなかった。
そんなことを考えているとも知らないリヤさんと野郎ども。内二人はただいま休憩中なのか、真っ裸で煙草をふかしていた。
「なぁ、こいつ、どうする?」
「んあ? あ〜連れてくか? いつもんとこに」
「だなぁ。ぎゃははっ! 俺、しばらく飽きねぇわ」
「しばらく……いや、こいつならどんだけでも楽しめるわ! ぎゃははは!」
いつものとこ。
それはあいつらの秘密の溜まり場で、パシリの俺は知らないけど多分他人に知られたらやばいとこ。気にいった玩具をしまうとこ。
そこに、こいつら曰くモンスターのリヤさんを連れていくらしい。
「あいつは?」
「知るかよ。もう飽きたわ」
「お〜」
多分俺の事。
そっか。もう飽きたのか。それはせいせいするわ。もう疲れたし。
俺はどんどん変になっていくこの身体を眠らせたかった。
「ああんっ、もうっ……やあっ、あんっ、ああんっ!」
頭が重い。蕩ける。溶ける。
もう、溺れてしまいたい。
俺は静かに瞼を閉じた。
野郎どもは、こんな俺の事など知らずに今後の話を進めていた。
「おい。一服したらここ、出るぞ」
「ちゅくっ、ちゅる……んあ? あ? もう出んのかよ? 俺、もっかいヤろうと思ってんのに」
「お前、何回ヤんだよ? もう出ねーだろ」
「けどよ〜。コイツ見てるとこう、さ。ムラムラが治まんねぇっていうか」
「うっせぇよ! 早く服着ろっつの!」
「わーったよ!」
「んあっ、はぁ……はぁ……」
終わった、のか? なんか、BGMが止まったんだけど。
ちらりと、片方の目だけを開けて様子を見る。三人の野郎どもは放り散らかした自身の服をかったるそうに着始めていた。
対して、今は放られているリヤさんは、息を弾ませながら仰向けに寝転んでいた。ほとんど裸の状態だ。
会ったばかりの時は、本当に綺麗だった身体。それが今は──無残だ。本当に。穢れてしまったんだ。
俺は静かに瞼を閉じた。
すると……
「ん。ん〜……ごはん」
「ん?」
「なんだ?」
同じく、何だ? と思った俺。ゆっくりとそちらへ視線を向けると、リヤさんはよろよろと起き上がり、いろんなモンでベタベタのシャツを脱ぎ捨てると、俺たちが入ってきた方のドアへと向かい始めた。
って……は?
「ん〜おもい……」
「おいおい。どこ行くってんだよ」
「んらら?」
退出しようとしたのか、ふらっとリヤさんの身体がぐらついた。そしてそこをあいつらに強引に引き戻されてぐらりと床へ崩れ落ちる。なにやってんだよ? 大人しくしてた方が身のためなのに。逃げ出せるとでも思ってんのか?
そんなことしても、もうアンタは……
「ん……あの、ね?」
うっすらと開いているとろんとした目で、リヤさんはあいつらを見上げた。そして何かを考えるように首を傾げたけど、うんうんと首を振ってこう口にする。
「僕ね。今からごはんを作らなくちゃいけないの。だから……生きてたら、また遊ぼうね」
何言ってんの? この「人」。
生きてたら、って?
この狭い地下空間に、不穏な空気が流れ始める。
生きてたら。その言葉は、自分に言っているものではない。目の前の碌でもねぇこいつらに向かってだ。
馬鹿っ、だろ? ホントに何言ってんだよ? ヤられまくって頭……おかしくなったんだろうか?
「余裕あんじゃねぇか」
「なんなら、お望み通り……もうちょい遊んでやろうか?」
こめかみにできた青筋が、ピクピクと動いている三人。
再び股を開かれて、ぐちゃぐちゃの孔を割り開かれる。
そこからは、ドロドロとアイツらの汚ねぇ精液が溢れていた。
そしてまた……
「んああっ!?」
犯される……はずだった。
「な〜に楽しんでんだ。この愚弟が」
館の主たちが、帰ってこなければ。
「あ?」
誰もが振り向き、そして驚愕した。
そこには知らない外国人が一人立っていた。
赤胴色の髪の、スーツを着た若い男。この有様を見て、あからさまに嫌そうに眉を顰めて腰に手を当てている。
よく見るとかなり端正な顔をしている。背も高い。つか、足なげぇ。
俺らはもちろん知らねぇ。野郎どもも「はあ?」と互いの顔を見合わせる。
だが、彼を知っているらしきこの「人」は、俺と出会った時と同様に、のんびりとした声で出迎えた。
「あ。おかえりなさい〜」
どっから出てる余裕か知らねぇけど、ひらひらと手まで振ってやがる。下半身は相変わらず、野郎のブツ突っ込まれて犯されてるっつーのに、だ。どういう神経してやがる?
しかしそれはこの、突然現れた男も同様だった。
「おかえりなさい、じゃねぇよ。何楽しんでんだ」
は? 楽しんでる、だ?
俺らに言ってるわけじゃなく、この犯されてる「人」に向かって、楽しんでる、だ?
言葉が出なかった。いきなりすぎて。そしてこの館に現れる連中に対して。
こいつら……頭、狂ってんじゃねぇのか?
「たく。飯はできてんのか?」
「う。ごめんなさい……まだ」
「はぁ!? 飯もまだで遊んでやがんのか?」
さっきから何言ってやがる?
この光景のどこが遊びだって? いや、こいつらは遊んでるけど……
つーか、この赤胴野郎。さっきから俺らを見てないように会話を進めてやがる。そして犯されてるこの人を、助ける様子がまったくねぇ。
ホントになんなんだ?
なんでこんな冷静になれるんだよ?
「おい、てめぇ。なんなんだよ?」
あ、こいつら切れた。水差されて切れた。いや、逆切れ?
でも、ほんとになんなのこいつら?
いや、もしかしなくとも……もしかしてだけど……
この。
このイケメン……が?
コキコキと首を鳴らして、「ふああ」と眠たそうに欠伸を上げる赤胴野郎。うわ。イケメンって大口開けてもイケメンなんだな。
じゃなくて!
「さっさと飯作れ。疲れた……」
「マッサージいる〜?」
「ったりめーだろ。いいから、早く終わらせろ。つか、遊んでんな」
「う……だって、久々の人間だったから……」
人、間? 今、この「人」、人間って言った? なんか、なんかおかしくね? 何だ、この違和感のある物言い……つうか、会話は。
「だって、じゃねぇよ。お前、昨夜もそういって『久々の馬だったから……』とかなんとか言って気絶するまでヤりこんだんじゃねぇか」
う、馬?
「わ、若かったんだよ、どっちも。だからつい嬉しくなっちゃって……」
どっちも?
「ほ〜う。お兄様じゃ満足できねぇってか?」
「ニノ兄さんの玩具もエッチも好きだけど、たまには他のものともエッチしたい……」
えっち?
「はっ。言うようになったじゃねぇか。それ、サンの前でも言えるのか?」
「あ……」
さん? さんってなんだ? そういやさっき聞いた気もするけど。
つか、この二人……完璧俺らを無視じゃね? 見えてねーの?
つか、弟さん(だよな?)野郎に犯されたまま話してますけど?
「おいこら、ニイチャン! 俺ら無視して何話してんだ? ああ?」
「ずいぶんと余裕じゃねぇか。コレ見てわかんねぇのかぁ?」
切れたこいつら、赤胴イケメンにつっかかる。ケツに突っ込んでねぇ二人は立ち上がって、すっかり喧嘩モードで近寄った。
「ぶっ殺すぞ!? あぁ!?」
「はあ……サン」
ブシッ……!
「え?」
「わっ!」
何かが俺の目の前に飛んできた。ついでに、目にぶっかかった生温かい何かも。
重たい手でゴシゴシと目を擦る。よく見えねぇ。なんだ? この……手、みたいなものは?
「ぐっ……ギャッ、アアアアアアァァ!!?」
な、な!?
「うっ、ぼええっ!? げ、げぇっ!!」
「血っ、血いいい!?」
真っ赤な雨が部屋中に、噴水のように飛び散って、この空間を鉄の匂いで満たしていく。
何が起きたのかはわからない。けど、こいつらの内の一人の、手が。
手首が!
そいつ自身から無くなっていた。
そしてその無くなった手首は、寝転がる俺の目の前に不気味な色で転がっていた。
「あがっ、があああ!?」
「な、ななっ、なっ、あああ!?」
悲鳴。咆哮。阿鼻叫喚。
手首が無くなった奴は、見たこともねぇくらい顔をぐちゃぐちゃに歪めて泣き叫びながら助けを求める。
助けを求められた別の奴は、近寄るなとばかりに首を振り乱し、尻もちをついた。
リヤさんを犯してた奴は、そのまま腰が抜けたらしい。ズルリとリヤさんから萎えたブツが抜け落ちる。
一方、リヤさんと、赤胴色の野郎は依然と、平然とした態度を崩さずに、目の前の惨状を流していた。
「るっせぇなぁ。ただ手首を落としただけじゃねぇか」
赤胴野郎は残酷な一言を、吐き捨てる。
何が起こったんだ? わけがわからねぇ。
けどっ……けど、この赤胴野郎とこの「人」は、何もしてない。いや、した様子が全くねぇ。
じゃあ。
じゃあ、誰が?
「え?」
ふっと暗闇が落ちた。部屋の照明が消えたのかと思った。
疑問を抱えたまま、俺は照明を見上げる。するとそこには。
「うっ、うわああああ!?」
俺は叫んだ。
あいつらの手首が飛んでも叫ばなかったのに。俺は「それ」を見て叫んだんだ。
そしてこいつら三人も。
「ぎゃあああああ!!」
「あっ、ひっ、あひぃっ!?」
「ひいっ!? ひっ、ひいいっ!?」
「それ」を見て、悲鳴を上げる。
そして、手首を無くしたあいつは。
「がっ、げっ、げええっ!!」
「それ」によって、頭を摘ままれる。まるで、小さなゴミを摘まむように。「それ」は人間を摘まみ上げた。
あいつの足は、地から浮かんだ。
「それ」は、人じゃなかった。「ヒト」じゃなかった。
「それ」は、化け物だった。いや、「化け物」なんて可愛いモノじゃなかった。あれを「化け物」というのなら、世の「化け物」はなんだと言うんだ?
ギョロリと飛び出るように剥きだした目玉は不気味だった。人間に当たる黒目は、赤黒い血のような色をしていて、一周ぐるりと全てを把握しているようだ。また、鼻は豚のように鼻先が吊り上がっており、頬まで避けた口からは不揃いの鋭利な歯列が覗いている。犬歯に当たる部分はその一本だけで人間を噛み殺すことができそうなほどの鋭利な牙で、だらりとした舌は雨のような唾液を垂らしている。
体躯は筋骨隆々……のようで、そうではない。無駄な肉は見当たらない。けれど、首から下は、土色をした鉄のような筋肉だけで覆われている。「それ」を倒す術など、外見からはまったく思いつかない。いや、倒すことなどできないだろう。人間には。
鬼。
鬼だった。
俺は「それ」を直視できなくて、視線をあちこちへと向けていたら、バサバサと不揃いに切られた長髪から、折られたような角が見えた。
だから鬼だと思った。いや、鬼以上に怖い。
こわい。
こわい。こわい……こわい!
「リヤ」
「ひいっ!!?」
喉の奥から変な声が出た。それが自分のものなのか、それともあいつらのものなのか。それを判断する頭は、今の俺にはなかった。
だって、なぜなら、どうしてかって。
「それ」が地を這うような「声」を上げたのだから。
そして、「それ」に答えたのは、あの「人」だった。
「サン兄さん」
サン。そうだ。
それは確か、この「人」が兄だと言った名前ではなかったか。優しい兄だと笑っていた、その者の名ではなかったか。
それが?
考えたくもない。けれど、今、目の前で起こっている惨劇が現実なのだとしたら? あの捻りのない、嘘のような都市伝説が本当で、現実なのだとしたら?
「それ」はなんだった? 確か、三男だった。噂では、三男だった……モンスターの。
ならば。
「こんな……こんなことって……」
あるのかよ。
言葉だけでなく、呼吸すら止まってしまう俺など眼中にないのだろう。「それ」はリヤさんを見下ろすように首の部分を傾け、牙の奥から濁声を上げた。
「リヤ、俺、キライ? 俺、ニ、アキタ?」
に、日本語を喋ってる? 俺には確かにそう聞こえた。「リヤ」。「それ」は確かにそう言ったのだ。
リヤさんの方を見ると、リヤさんは「それ」に対して申し訳なさそうに眉をハの字にして首を横にぶんぶんと振った。
「ううんっ! サン兄さん好きっ!」
決して、「それ」を恐れて言っているわけではない。リヤさんの表情や様子から、俺にはこの「人」の心情が伝わってきた。
リヤさんは本当に、「それ」を好きだと言っている。こんな恐ろしい、「それ」に向かって。
だが、「それ」は納得していないようで、不法侵入者である俺を含めた野郎ども全員を一瞥する。
「デモ、コイツラ、ハ?」
「サン兄さんの方が好き!」
好きだよと、即答するリヤさん。そして、彼は「それ」に近づいて、「それ」の胴周りに抱きついた。思わずぎょっとしてしまう光景だったが、リヤさんの頬は赤く染まっており、どこか恍惚としていた。
そんな彼に「それ」も納得したのか、ゆっくりと頷くと、リヤさんの顔にその長い舌をでろりと這わせた。
「んんぅっ」
ぶるぶると身体を震わせるリヤさんから、先ほどのBGMと同様の喘ぎ声のようなものが響き渡る。俺だったら気絶するかもしれない「それ」からの行為を、この「人」は何に置き換えて受け止めているのだろうか。
「それ」は「ワカッタ」と言うと、あまりの恐怖に腰を抜かして失禁している野郎どもへと近づいていき、再びゴミでも摘まむようにして三人を纏めて攫ってドアの外へと出て行った。
なぜか、俺だけを残して。
「う……」
一刻も早く、この場から去らなければ。
そう思っていても、ぼこられた身体は重く、また足をやられたのが大きくて動けない。ずるずると上体だけでも地から浮かすと、赤胴色の男がこちらに近寄りしゃがみこんだ。
そして俺をじっと観察するような目つきで一通り見ると、「ほ〜」とどこか感心したように呟いた。
「リヤの匂いがしねぇな。一発もヤんなかったのか」
「ひっ!」
「怯えんな、人間。つか、恐いならなんでここに来たよ?」
「そ、それ、は……」
リヤさんに助けを求めようとしたが、彼の姿がどこにも見当たらない。いつのまにかどこかへ消えてしまっていた。
しかしよく考えると、リヤさんもこの男たちの仲間なのだ。助けを求めるのが間違いというものか。
だが、恐い。この男は、先ほどの化け物よりも恐かった。
俺を観察する目が、その目が。
恐ろしい。
滝のような冷たい汗が大量に頭から、いや体中の毛穴から噴き出ている。言葉も息が詰まって出やしない。俺はこの男に、何も答えることができなかった。
けれど、この男はそんなこと、構いやしなかったのか。興味なさげに一人で喋る。
「ま、肝試しとかそんな程度だろ。ここらに来る若い連中はだいたいそれだしな。くっだらね〜。ここ、私有地だってこと知らねぇのか? つか、おい! リヤぁ!」
「なに〜?」
どこかからシャワー音とリヤさんの間抜けた声が聞こえてくる。あ、そうか。あんだけ汚かったんだから、シャワーぐらい浴びるわな……っておい! シャワーだけで済むもんか!? あんだけヤられてたのに!
が、俺の心の中の突っ込みなど届くはずもなく。サッとシャワーを済ませたらしいリヤさんは、今度はチャイナ服の上だけを着て、頭にタオルを乗っけてこちらにやってきた。サイズが大きめなのか、また太股から下だけが顕わになっている。
俺に気づくと、金色の瞳は優しげに笑ってひらひらと手を振った。
「あ、その子ね〜。お話しただけだよ〜。で、味見してない」
「せんでいい」
「ふふ。可愛いよね。あの子たちと違ってチェリーちゃんだよ」
「なっ!?」
チェリー。この単語に思わず素っ頓狂な声が上がる。な、なんで知ってんの?
今度は違う意味で変な汗が流れ出した。
赤胴色の男は、今度は関心を示したようで、顎に手をやりつつ、うんうんと頷いた。
「ほ〜う。今時はおせぇのな」
わざわざ言わんでください。
「で、どうする?」
「は、はい?」
何が? と、尋ねるまでもなく。
赤胴野郎は究極の二択を提示してきたのだ。
「生きたいか? それとも、お友達と仲良く逝きたいか?」
サッと血の気が引いていくのがわかった。
ぜったいに逝きたくねぇ!!
「い、生きたいっ!」
「って、言うと思ったんだがな〜。生かして帰すと、ま〜た噂が流れるしよ〜。俺としちゃ、殺したいんだけど駄目か?」
なんか可愛くさらっと聞いてるけど、何言ってんのこの野郎!?
うん、て頷いた時点で俺の残りが決まるんですけど!
「だめっ! です!!」
でも終わった。俺の人生。噂だと四兄弟のいずれかに出くわせば、必ず死が待っている、だもんな。
たぶん、今頃。あいつらも……。
「じゃあ、生かしてやっから。働け」
「ひぃっ!!? は……はぁ?」
終わったと思って目を瞑った。そして真っ白な頭の上で落ちた意外な台詞。
「働けよ」
なんて、言った?
はた、らけ?
俺に? 働け?
何を言っているのかわからない。俺は再び目を開けて、赤胴野郎を見上げた。奴は変わらず、俺をじっと見下ろしていた。そして長い息を吐く。
「餌ぐらいはやっから、働け。ここ結構いい館なんだが広くてよぉ。掃除がリヤ一人で大変なんだわ」
そう言って、すぐ後ろにいたリヤさんを親指で差す。タオルを頭に巻いたリヤさんはバケツと雑巾を用意していた。ちなみに手には、日本で売られている洗剤が握られている。
「ぼく、お掃除好きだよ〜?」
ついさっきまで犯されていた場を掃除するのだろう。慣れているのか、テキパキと動く。
そうか。この館の掃除をしているのはリヤさんなのか。そういや、飯の方もリヤさんに言っていた。ってことは、家事を担っているのは末のこの「人」ということになる。
ん? 俺、なんか流されてる?
今、ピンチだよな?
「その子がいなくても大丈夫〜」
って、やめてー!!
俺の存在がなくなるからー!!
ぶんぶんと首を横に振ると、赤胴野郎はどうでもよさげに目を細めた。
「お兄様からの有難いプレゼントだ。とっとけ」
「プレゼント?」
首を傾げてこちらを見るリヤさん。きょとんとした顔が、なんか可愛かった。
って、見惚れている場合じゃない! 俺は縦に大きく首を振って見せた。
すると、リヤさんは雑巾を手にしたまま、赤胴お兄様の身体に抱きついた。
「わ〜。ニノ兄さん。ありがとう! 大好き〜」
「後で処理に付き合え」
「うん! お口いっぱいに兄さんのザーメンミルク出してね〜」
重いと呟く赤胴お兄様と、ニコニコ上機嫌のリヤさん。
しかし、交わされた会話はなんか、とんでもねぇもんだった。
つか、なに? リヤさんってもしかして。
いや、もしかしなくても?
「おい、人間」
「ひあっ!?」
「いちいちびびってんじゃねぇよ。返事は『はい』だろうが。つか、ヨウが帰ってくる前に、ここ掃除しとけ。お前に会わせる前にこっちから説明しとくから」
「よ、ヨウ?」
って、どっかで聞いた名前。
「長兄だ」
あ、さらに上のお兄様ですか。
さらに恐い「人」がいるのかと思うと、俺は先ほどの究極の選択を誤ったのではないかと思い始めた。
リヤさんの間抜けた声だけが救いだった。
「あ、ヨウ兄さんはまだ帰ってきてないの?」
「お前な。帰ってきてたら仕置きもんだぞ? 飯も作らず遊んでたんだからよ」
「うっ」
ん? さっきからへらへらしていたリヤさんだけど、突然表情が強張る。
そして、ものすごく申し訳なさそうにして、赤胴お兄様のスーツの裾を掴んだ。
「あう……ご、ごめんなさい。よ、ヨウ兄さんには内緒にして、ください」
「それはお前の今夜の奉仕次第だな」
今にも泣き出しそうな子供の顔をするリヤさんに、赤胴お兄様は意地悪く言う。
そしてリヤさんの顎を持ち上げると、まるで蛇のように長い舌を出してリヤさんの唇を舐め上げた。
「んんぅ……」
リヤさんが小さく喘いだ。
俺はガキの頃に聞いたあの都市伝説を思いだした。
長男は冷酷非道の鬼畜野郎。次男はイかれた機械狂。三男はもはやモンスターそのもの。四男は……
「男を喰らう、色情狂……?」
金色の瞳は、優しく微笑んだ。
「ようこそ、我が家へ」