天白文庫
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BL/和風シリアス/R指定







 かつて日ノ国と呼ばれた国号の土地は、ある一族が中心となり新たに開拓された。和を中心とした国でありながら、洋を織り交ぜた独自の文化を創り上げた。産業の発展は緩やかで特別栄える事は無かったが、進化が滞る事も無かった。
 しかし、民主主義という言葉はいつしか時代の海に呑まれ、東西を境に貧富の差は大きく広がっていった。また権力者の一人が地下の土地を買い、地上とは異なる独自の街を創り上げていった。
 そして東の街で再び、遊郭と呼ばれる場所が造られた時、女や男といった人間を買うことが資産家たちの間では当然の遊びとなった。政府もそれを認めたが、その条件は徹底していた。風陰と呼ばれる街は、政府から公認された数少ない娼楼街の一つだった。
 その風陰に登録されている娼館の数は三桁近くある。見世の嗜好、種類は数知れない。登楼する者の身分は問われず、齢十五を過ぎた男であれば誰でも足を運べる悦楽の街である。風影が設けた規約を守りさえすれば、まさに楽園のような場所だった。
 そして、その界隈の中でも橋をはさんで一軒だけ孤立している見世があった。
 
 見世というよりも、邸と言ったほうがしっくりとくるだろう立派な数寄屋造りの和風建造物。あからさまに見世という形で建っていないところに趣があった。外からは内観は窺えないよう白塗りの高い塀で囲われており、門の傍でゆらめく小さな篝火が見世の営業を差していた。だがそこも風陰の領土内で正式に認可されているれっきとした娼館である。ただし、取り扱っている商品は美しい男子のみ。また、登楼できる客は会員となった貴族や資産家が殆どだった。だが、陰間茶屋と呼ばれる高級男娼館、炬に登楼できる客は至福の時を約束された。
「炬へようこそ。旦那様」
 男が一人、炬へ登楼した。
「ようこそお越し下さいました。会員証を拝見致しますので、こちらにご呈示下さい」
 黒のスーツを身に纏う青年が、男から一枚の銀色のカードを受け取る。
 それを一見したあと、業務用の笑みを向けながら男に向かってすぐさま返却した。
「今宵はどのような陰間をご所望でしょうか?」
 男は、中へ通されると、艶やかな着物を身に纏う水揚げ前の少年の後に続いて回廊を渡った。炬内はまるで迷路のように入り組んでいて、必ずこの案内役兼、場繋ぎ役の陰間を付けられる。見るからにまだ幼い少年だが、さすが噂に名高い炬の陰間だけあって美しい顔立ちをしている。立ち振る舞いも完璧だった。快楽と悦楽を求めにやってきている客たちは、思わず手を伸ばしてしまいそうになってしまうことだろう。しかし、指名した陰間以外に手をつける行為は禁止とされていた。
 炬は規約に関しては厳しく、それに反した者は場合によっては会員証を剥奪されるだけでなく、風陰への立ち入りも禁止されてしまうこともあるのだ。
 男が気を引き締め直すと同時に、最奥の座敷へと到着した。そこに、指名した陰間はまだいなかった。座敷の前には白く美しい花が一輪、飾られていた。
 案内役の陰間は男を上座に導くと、自身もその横にちょこんと座り、常備してある美酒を勧めた。
 男は勧められるがまま、一献をぐいっと煽る。カッと喉が焼けるように熱くなるのを感じながら、案内役の陰間に視線を戻した。
「では、お客様。ここらで規約の確認をさせていただきます」
 規約。
 高級男娼館である炬でそれを破ることはどんなに身分の高い者でも許されない。
 どんなに高い金を積もうが、どんな理由や条件を出そうが絶対だった。
 その代わり、それらさえ守ればここは客に絶対の至福の時を保障してくれる。
 男は頷いた。
「まず、陰間への禁止行為として、鞭打ち、緊縛、過度の殴打、外部からの薬物投与、拷問等があります。くれぐれもご注意ください。そして外への連れ出しは可能ですが、外での『行為』は禁止とさせて頂いております。また、お持込の中の得物等はこちらで厳重に預からせて頂きます。ご安心下さいませ。それと……」
 陰間は壁にかかっている暦に目を通した。
「明後日は裏公演があります。旦那様は裏公演を御存知でしょうか?」
 男は首を縦に振った。
 通常の公演は客に舞を見せるものだが、この裏公演は客に調律師と陰間の情交を見せるものだ。
 調律師とは、ここ炬に所属する、陰間として働く少年たちの身体を男に抱かれるように開発する、いわば調教師のことだ。他人の情事などを見て楽しめるものかと思われるだろうが、これがなかなかに好評だった。
「今回は調律師『新垣』と陰間の『椿』、その後に調律師『鮫島』と陰間の『』が出演します。御予約は要りませんので、お気軽にご参加下さい」
 そこで、男は今回指名したお職の裏公演はないのかと尋ねた。すると……
「申し訳ございません。あの方は通常の裏に出演なさりません。ですが、ご要望でしたら次回ご予約の際にお申し付け下さいませ。お客様の為だけにご用意させて頂きます」
 そのとき。
「失礼致します」
 スゥッ……と、水のような透明感のある美声が座敷内に響いた。
 至極落ち着いているその柔らかな声音によって、一瞬だけ男の心臓が跳ね上がる。
 隣にいる陰間は、その声が聞こえた方を向いて、少年らしく嬉しそうに破顔した。
「大変長らくお待たせ致しました」
 声の主は音もなく静かに襖を開けると、正座のまま両手を前に揃えて深々と頭を下げた。
 男は知っていた。彼が物の怪などと噂される理由についてを。
 銀に輝く白い髪など、老いぼれ以外にあっただろうか。黒髪が基調とされ、尊ばれるこの国で、彼の持つ真逆の白さは、まさに物の怪だ。
 彼の項までの長さの白髪には、何も飾りがつけられてない。普通は簪くらいつけるものだろう。しかし、なんとも柔らかそうな白髪だろうか。彼に飾りは要らなかった。価値観が、一瞬にして狂わされてしまうほど見事なものである。
 また、彼が身に纏っている着物は隣にいる水揚げ前の陰間とは断然に質が違い、また着こなし方も艶美で彼の素質を引き立たせていた。
 男は彼の顔を見たいと言って頭を上げさせる。すると、男とも女ともつかない、中性的で美しい顔立ちが現れた。それはまだあどけなさの抜けない少年のようだが、幾分、落ち着いたその様は青年のようにもとれた。
 だが次の瞬間、美しい彼の顔はくしゃりと破顔した。それは子供のように無邪気な笑顔。その笑顔からは、とても彼がお職には見えず、またこんなところで働いているのだという事実すら吹き飛ばしてしまうものだった。それはまるで穢れの無い、純白の笑顔……。
白薔薇と申します」
 男はごくりと、喉を鳴らした。

「さあ、旦那様。今宵も私を愛でて下さいね……」

1


續ク




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