久多良木文庫
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ML/近親相姦/サークル企画




僕を照らす星




 翌朝早く、先に目覚めたのは鷹見であった。いつもならまだ余裕で寝ている時間、兄弟らも疎らで、あおいと椎奈が至極早起きをして朝食の準備をしている頃だ。
 鷹見はベッドサイドテーブルに置く腕時計を取って時間を確認すると再び戻し、腕の中で静かな寝息を立てているカッツェを覗き込んだ。
 そっと前髪を避けてみると、白い肌に泣き腫らした目はよく目立つ。
 傍にいられて良かったと鷹見は思う。悲しくても、嬉しくても、自分の知らないところで泣かせたくはない。カッツェはこれまでずっと一人孤独に耐えてきたのだ。得られるものなど何もなく、望むことすら知らず、唯一の慰めは星空であったのだろう。だが今こうしてカッツェは鷹見という温もりの中にいる。この腕が、自分がカッツェの安息の場所になれるのなら鷹見には嬉しかった。
 幼い寝顔が愛おしく鷹見が親指の腹で涙の跡にそっと触れると、カッツェの瞼がぴくりと震えた。
「鷹見さん……?」
「悪い、起こしたな」
 目覚めたカッツェは目に違和感を覚えて目元を擦るが、その手を鷹見が取って制止する。
「擦るな。余計酷くなる」
「どうかなっていますか?」
 初めて、それも一晩中泣いてしまって明らかに腫れぼったい両目。違和感を覚えるのも無理はなく、まさか泣いたせいだとはカッツェには分からないのだろう。上半身を起こすカッツェは擦るなと言われても、どうなっているのか気になって仕方なく瞼に触れてしまう。
 ついて起き上がった鷹見はこんな状態のカッツェを家族とはいえ集団の前に晒すわけにもいかず、そうすればあれこれ理由を訊かれることにもなり兼ねない。カッツェがどう話すかは分からないが、容易く訊かれていいものではないことを鷹見は重々承知していた。
 鷹見はカッツェの頭をぽんぽんと撫でる。
「ちょっと待ってろ。触るなよ」
「はい……?」
 訳も分からずきょとんとするカッツェはしかし、素直に頷いた。
 欠伸をしつつリビングへ下りた鷹見は、朝食の準備で多忙を極めているキッチンへと顔を出した。
「おはよう」
「あれ? おはよう、鷹兄。こんなに早く珍しいね」
 出入口付近にいた椎奈が手を止めずに答えると奥にいたあおいと、二人と同じくエプロン姿で手伝いをしているみやとはーも次いで「おはよう」と声をかけた。
 いつもの鷹見なら確実に寝ている時間だ。しかも起き抜けで寝惚けている様子もなくちゃんと覚醒もしていては不思議に思われても仕方ない。
「ああ。飯作ってるとこ悪りいんだけど、蒸しタオルくれねえか」
「いいけど。みや君、お願いしていい?」
「うん。鷹兄、一つでいいの?」
「いや、二つで頼む。あと、冷やすもんねえかな」
「氷嚢でもいいのかな?」
「ああ」
 提案するみやの頭を鷹見は撫でる。
 みやは誰もが認める池仲家の天使である。その場にいるだけで癒し効果を発動し、それによって争いや揉め事などを忽ち治め、更には特級の天然レベルでほんわかムードに包み込んでしまうのだ。曰く天使最強である。
 蒸しタオルや氷嚢など何故そんなものを用意するのか分からず、椎奈はふと鷹見に尋ねる。
「何かするの?」
「ん、ちょっとな。それと、俺とカッツェの飯は後でいい」
「え」
 鷹見以外のその場にいた全員が口を揃えて動きを止めた──が。鷹見はそれ以上を語ることなく、それどころか誤解を招くような発言をしたことについても自覚がなく、「顔洗ってくる」とだけ吐いてキッチンを後にした。
 鷹見の背中を見送りつつ、あおいと椎奈は顔を見合わせる。
「カツ兄もって……もしかして一晩一緒だったってこと、だよね?」
「一晩一緒ってことは……そういうこと、だよね?」
 予測の事態か不測の事態か。
 ここ数日の鷹見とカッツェの様子は態度に似合わずどこかぎこちなく──お互いにポーカーフェイスな上、元々それほどの接触もなかったが勘のいい人間には少々の違和感を与えるほどだった──醸し出される雰囲気はぴりぴりしていたように思う。それよりなにより、ノンケの鷹見はゲイであるカッツェの猛攻から逃げ回っていたのだし……いや、しかし唐突にカッツェが特別とは何かを模索し始め、それが原因で熱を出して果てには鷹見が介抱し不可抗力で添い寝までしていた。その後すぐカッツェはドイツへ帰ると言い出して、二人の様子がおかしくなったのだ。仔細は知らずとも鷹見とカッツェの間で何かがあったのだろう事情は超人麿や月も含め、特別が何たるかを尋ねられたはーも、あおいと椎奈もそれとなく把握している。そんな不安定な状態から一体どういう経緯で一晩を一緒に過ごす事になったのか甚だ疑問、実に気になるところではあるがそこはそれ。もし鷹見の部屋で過ごしたのなら盗聴盗撮魔であるあおいの手の及ばぬところ──鷹見が必ず探し出して外してしまうからだ──だが、カッツェの部屋ならば一部始終が撮れていることだろう。なにせカッツェはカメラだろうが盗聴器だろうが慣れているようで気づいても放置しているからだ。
「あお兄。顔が怖いよ」
 新たなコレクションのにおいを感じてにやりと怪しく笑うあおいの変態染みた様子に、びくりと怖気るみやとはーを余所に椎奈は冷静に指摘した。
 後にカッツェの部屋に仕掛けたカメラの内容を確認したあおいはこれを、人の目に触れていいものではないとして門外不出に収めた。遣っていることは常軌を逸脱していても妙なところに常識のある人間ではある。
 食事を済ませた兄弟らが各々学校や職場に出払った頃、鷹見とカッツェは遅い朝食を迎えた。
 鷹見の処置のお陰でカッツェの目は幾分かマシにはなっていたがそれでもまだ少し腫れたままで、あおいと椎奈はしかし気付いても言及はしなかった。訊かずとも鷹見とカッツェの間で何かがあったことも、見るからに親密度が増している二人の態度も明らかであったしその上、カッツェの口からドイツへは行かずにこの家にいるという言葉と共にその笑顔は、今まで見せてきたものとは良い意味で違っていたからだ。
 朝食準備の手伝いができなかったことを謝罪するカッツェに、毎日手伝ってくれているからとあおいと椎奈は別段気にしなくていいことを伝えた。
 こうして、カッツェの帰郷騒動と共にカッツェと鷹見の仲も一先ずの収束を迎えた。

 それから数日。相も変わらずカッツェは勉学に励みつつ、日課となっている読書や散歩を繰り返しつつ、リィやぱとの子守とあおいと椎奈の家事手伝いをして過ごしていた。
 それまでと違うのは時折、鷹見がカッツェの勉強を見てやったり一緒になって散歩に出たり子守をしたり、たまに添い寝をすること。カッツェが主夫であるあおいと椎奈に少しずつ料理と、コーヒーの淹れ方を習って鷹見の仕事の合間に持っていくことだ。
 うまい──そう言われるたびに嬉しそうに微笑むカッツェの頭を鷹見は、当然のように撫でる。
 当初のカッツェへの態度からは想像もつかない鷹見の溺愛っぷりは食にまで及び、いつどこでリサーチしたかは知らんが鷹見の兄としてのアンテナが鋭く察知したのだろう。カッツェの好きなチョコレートケーキや苺のケーキを、ちゃんと他の兄弟の分も選んで購入するまではいいがしかし──
「ん、お土産」
「またケーキ!?」
「ああ……?」
「もう……甘いものばっかり食べさせたら駄目だよ、鷹兄」
「そうだよ。病気になったらどうするの?」
「ん……すまん」
などと顔色一つ変えずに鷹見は反省の弁を述べるが内心しょぼくれている──云々──あおいや椎奈にいい加減ダメ出しを食らうほど頻繁であった。その上──
「チョコがいいのか?」
「はい」
「じゃあ、苺のやつと半分するか?」
「よいのでしょうか?」
「好きだろ、苺」
 鷹見はショートケーキの上に乗る苺をフォークで刺すとカッツェの前に躊躇いもなく差し出す。
「ほれ、口」
 「あーん」と苺を口にしてカッツェは「美味しいです」と満面の笑みを見せて、やはり鷹見の表情は一寸も変わらないが内心「可愛い」と、そういう類は一切口には絶対しないが自身とそれほど変わらないこのでかい図体をした力もある弟をまさか「可愛い」と思った。
「鷹見さんも、どうぞ」
 お返しとばかりにカッツェが目の前にあるチョコレートケーキをフォークで一口分切り取って鷹見の前に差し出すと、当然の如く鷹見はそれを口に入れる。
「うまい──けど、甘いな」
 鷹見の反応にカッツェは小さく笑う。
 そんな甘々な展開が、鷹見とカッツェの自覚のない天然べったりイチャコラが、他の兄弟らがポカーンと唖然する前で無遠慮に繰り広げられたりもした。
 ぶっちゃけ「お前ら付き合ってんちゃうんかい!」と、どこからともなく蹴りが飛んできそうである。
 幾日か平和に時が過ぎ、その間にも鷹見とカッツェの仲睦まじき姿は相変わらずであったが他の兄弟らもすっかり慣れてしまった──微笑ましいのと呆れるを通り越しただけである──頃。晴天が続いていたある日の夜。鷹見とカッツェは一枚のブランケットに包まって縁側に並んで座り、星の瞬く夜空を見上げていた。その距離はお互いにすぐ傍ら、いつかの日を忘れるほどに近い。
 晴天が続けばカッツェもよく夜空を眺める。焦がれた空を思い続けた二六年分、きっとそれ以上に求めていた。それについて鷹見はホストの仕事があろうとなかろうとカッツェが満足するまで付き合った。約束を交わしたからだけではないそれは星を見るよりも、星を見ているカッツェの横顔がとても綺麗で、どこか愁い気で、せめて一人にはしたくないのだろう。それまで入り込めなかったカッツェだけの領域に、その隣にいられることが鷹見にとって意味があるのだ。
 星を眺めるカッツェを見つつ鷹見がその名を呼ぶと、カッツェは「はい」と振り向いた。
「これ。預からせてもらって悪かったな」
 鷹見がカッツェへ差し出したものはカッツェが眠るときにいつも、肌身離さず持っているテディベアであった。二〜三日前に鷹見がカッツェから借りていたのだ。無論、抱いて眠るためではないし抱き枕なら既に目の前の人物で充分であろう。
「これ……」
 ボロボロだったはずのテディベアは一目見ても分かるくらいに綺麗に修復されていた。その胸には真新しい赤いリボンまで付いている。
「あちこちほつれてたし、片目もなかったからな。椎奈に頼んで直してもらったんだ、リボンはオマケだとさ。言っとっけど洗濯はしてねえぞ。大切なもの──なんだろう?」
 カッツェが幼少の頃より持ち続けているものだ。カッツェの傍でずっと見守って様々な思いを染み込ませてきたもの。楽しい思い出など一つもなかった、辛いことばかりでも決して手放さず抱えて……。
 ただ、カッツェにとって本当に大切なものなのかは分からない。日々星を見るのさえ好きだからかどうか分からないと言った、その気持ちと同じなのかもしれない。それは鷹見の目にカッツェが星を見る時と、抱えるテディベアを見つめる双眸が同じように映ったからだ。
「ありがとうございます」
 切なく聴こえる声に鷹見の胸は締めつけられて、それを誤魔化すようにカッツェの頭を優しく撫でた。
「今日も晴れて良かったな。星がよく見える」
 見上げる先には満天の星が鷹見とカッツェを見下ろしている。
「はい。とても綺麗です」
 でも──と、続く言葉に鷹見はカッツェを見遣る。 
「晴れても、たとえ曇っていても、鷹見さんと見られることが僕には嬉しいです」
 そう鷹見へと振り向いたカッツェの微笑は「嬉しい」と口にした気持ちを表していた。
「そいつは良かった」
 それは自分への言葉か、カッツェへの言葉か、両方か。
 鷹見と同じ空を見ていてもカッツェの中ではやはりいつか、幼き時に見た空を歩んできた軌跡と共に思い起こさせる。良き思い出など一つもないというのに、それでも焦がれてしまうのは理屈では語れない。だがもう、独りではないのだ。孤独の上で見ていた星空よりも愛する人と見られることはまるで違っていて、温もりの上で見上げる空はカッツェにとって至極、それだけで特別だと思えた。
「そうだ。僕からも、鷹見さんに渡すものがあるんです」
 カッツェはジーンズのバックポケットから黄色いリボンで封をした、ピンク色の袋を取り出す。
「これ。バレンタインデーのプレゼントです」
「バレンタインデーって、まだ二日は後だろう」
「前日や当日は、お仕事がお忙しいだろうと思って……」
 カッツェが言うのはホストの仕事だ。鷹見の働く店は稼ぎ頭である鷹見のシフトに融通を利かせてくれてはいるものの、店にとっても稼ぎ時であるイベント事には当然、必ず出勤するよう言われている。実際二月に入ってからはカレンダー通りの休みしかなかった。恐らく兄弟の誰かが気を利かせてカッツェに教えたのだろう。
 鷹見はカッツェからプレゼントを受け取るとリボンを解いて中身を取り出した。
「肩たたき券?」
「リィ君とぱと君に訊いたんです、これなら鷹見さんが喜ぶからって。一緒に作ったんですよ」
 全部で五枚ある中には何かしら絵が描かれていたり、リィやぱとが書いたのだろうひらがなの文字は「た」が一つ多かったり、漢字を含んだ異様に達筆なのはカッツェの字だろう。一枚ずつ確かめていくと御丁寧に全ての紙に無期限とあった。
「なあ。この、リィぱと付ってなんだ?」
 五枚中の二枚に同じように書かれていたので鷹見は、不思議に思いカッツェに見せつつ問いかけた。
「えっと……大サービス、らしいです」
「サービス?」
「皆で一緒にやりたいと言っていました」
 つまり全身マッサージをしてくれるってことか──と、察知して鷹見は、子供ながらに気遣いのする末弟らに内々嬉々として笑う。
 袋の中にはもう一つ、カラフルな刺繍糸で紡がれた輪にこれまた、毛糸で編まれた茶色の熊が一つオマケのように付いていた。
「こいつは、ストラップか」
「プレゼントをするなら、ずっと身に付けていられるものもいいんじゃないかと、みゃー君が」
「手作りか?」
「はい。教えてもらいながら作りました」
「器用だな」
「みゃー君にも上手だって褒められました」
(どっちが兄貴かわかんねえな……)
 こういう時のカッツェはまるででかい子供だ。いつぞや、みやとカッツェがあおいと椎奈に頼まれて買い物へ出かけた時、店の中を物珍しげにきょろきょろするカッツェと逸れかけたみやは、帰宅するまでずっと手を繋いでいたという──さぞかし傍から奇異な目で見られたことだろう。
「ん、サンキュ。あとで携帯に付けとく」
 付けるのか、そんなファンシー……。
「はい。ありがとうございます」
 片やプレゼントされ、片や受け取ってもらえて嬉しいのだから野次が突っ込んだところで当人同士には疑念などない。
 そうしてふと、鷹見は以前から気になっていたことを口にする。
「そういえば、お前さ」
「はい」
「なんで俺のこと『鷹見さん』って呼ぶんだ?」
「え?」
「最初は兄貴呼ばわりしてたろう。なんでだ?」
 数日前、添い寝する鷹見の腕の中で泣き明かして翌日からカッツェは、鷹見のことを「鷹見兄さん」から「鷹見さん」と呼ぶようになった。他の兄弟らは別段気に留めることはなく鷹見自身も嫌と思ったことはないがしかし、何故そうなったのか疑問はある。
 鷹見の問いかけに考えるまでもなくカッツェは笑顔で答える。
「それは、鷹見さんが一人の人間として意識するように言われたからですよ。鷹見さんは僕の兄で僕は弟ですけど、『池仲鷹見』個人として鷹見さんは僕の特別ですから」
 時折だ、カッツェは年相応にまともなことを言ってのける。物をよく知らず天然で斜め上の発想を平然と言うことは多々あって、その同じ口から唐突にまともな言い分が発せられるとそりゃあ相手の調子が狂ってしまう。しっかりしているのかいないのか果たして、全く謎めいた男である。
 カッツェの返答は鷹見には正面切って告白されたようなもので、その言葉自体は嬉しくもありしかし、対応に困るというかそれに対してなんと言ったらいいものか、言葉に詰まった。
「それなら、まあ、いいんだけどよ……どうせなら呼び捨てにしろ」
「呼び捨て?」
「正直『鷹見さん』ってのは性に合わねえ。こう、擽ってえしな。だから『タカ』って呼べ。そしたら自然と、その他人行儀な敬語も抜けんだろ」
「僕が、鷹見さんを──」
「ん?」
 途端に黙り込んで俯いたカッツェを鷹見が覗き込むと、口元を片手で覆うカッツェの顔は紅潮していた。
(へえ……いい顔するじゃねえか。面白れえな)
 何故と思うより何より普段は笑ってばかりで殆ど表情に変化のない、初めて見るカッツェの表情に鷹見はちょっと意地の悪い、悪戯心が芽生えた。
「どうした? カッツェ。ほら、『タカ』って呼んでみろ。タ・カ」
 顔を覆う手を下ろしてカッツェはそれでも、感じる鷹見の視線を避けるように俯いたまま徐に口を開く。
「た、た……たか、み、さん」
「『さん』はいらねえ。もう一回」
「そ──! そんな、急に……」
 思わず顔を上げたカッツェは拍子に交わした鷹見の視線から直ぐさま、逃げるようにしてふいと顔を背けてまた俯く。
 そんなにも大袈裟な、羞恥に駆られているカッツェをじっと見据える鷹見の目には耳まで赤く染めたカッツェの横顔が映り込んでいて、子供が新しい玩具を発見したような新鮮な気分を味わう。
「ったく、しょうがねえなあ。宿題にしてやる」
 いじめが過ぎるのも可哀想だと鷹見は折れてやるが──
「宿題……?」
「ああ。明日までな」
「え!?」
「冗談だ」
 やはり意地悪い。
 本当に冗談かそうでないかは分からないがほっと胸を撫で下ろしつつ、再び空を仰ぎ見るカッツェはその目に何かを捉えて「あ」と声を上げた。
「どうした?」
「今、星が流れたような気がして」
 カッツェの言葉に鷹見もまた空を見上げる。
「ああ。流れ星だな」
「ナガレボシ?」
「『流れる』に『星』って書いて『流れ星』だ。願い事を三回繰り返すと叶うって言われてる」
「願いごと──あ。また」
「珍しいな」
 実際には流れ星の発光時間は一瞬であり、その間に願い事を三回唱えるのは不可能である。しかしごく稀に消えるまで数秒間という流れ星も存在し、それならば可能とも言われている。日本では有名な非常にロマンチックな話ではあるが、どっちであろうと結局は根拠のない迷信みたようなものだ。
 カッツェが初めて見るもの遣ること。鷹見はその都度こうして傍で見ていられる、同じものを感じられることを嬉しく思い、これも特別なのだろうと思う。
「鷹見さん」
「ん?」
 呼ばれて振り向いた鷹見の視界を間もなく、埋めるカッツェの口は鷹見の唇をあっさりと軽く奪った。
 離れていくカッツェは満面の笑みを浮かべていて、思わぬ不意打ちに一時停止の如く硬直していた鷹見は弾かれたように動き出した。
「なっ!? おま──っ!」
「僕の願いごとです」
 叶えられるのは貴方だけ──フェロモンをたっぷり乗せて薄く笑うカッツェに対して何も謂えず、鷹見は片手で頭を抱える。
(こいつは……ほんっと調子狂うなあ)
 油断しているといちいち何をしでかすか分からない。カッツェが池仲家へやってきたばかりの当初鷹見は一体どう接していいものか悩んだが今でもやはり、別の意味でまだ少し、不可解な部分があるのは確かだ。
「ほんのスキンシップですよ」
「随分と濃厚なスキンシップだな」
「鷹見さんにだけ、ですよ」
 そうして見せる微笑に負けを認めざるを得ない。
 時には大人、時には子供の顔を見せる、ちぐはぐな弟を前にして鷹見は苦笑を浮かべる。それは星空を眺めるカッツェの目には留まらず消えた。
「明日も、晴れるといいな」
「はい」
 晴れても、たとえ曇っても、二人でいることに価値がある。それはカッツェの傍らに鷹見という星が、いつも自分を照らしていてくれるからだ。迷い子であった自分を受け止めて道があるかも分からない暗闇に光を射す、ただ一人の特別なひと。
 ずっと一緒に、いつまでも傍にいられることを、満天の星の下にカッツェは願い続けた。

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