久多良木文庫
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Under Tale

書き捨て短編集




fucking fuckers エデンの庭のゲヘナの話




 コンクリート造りの一室は壁中血塗れで、壁面に食い込んだ弾丸にこびり付くのは血肉ばかり。ごろごろと其処彼処に転がる肉塊から溢れる血はエンジニアブーツで踏みしめる床を血の海へと変えていた。
「威厳もクソもねえだなあ」
 唾液を垂れ流してあーあー呻くばかりの虫螻を見下ろし、ジャックは大層愉快に笑む。
 毛色珍しいジャックを前に調子に乗ってゲラゲラと莫迦にしていたボス気取りの虫螻は、惨状化した現状に今はひしゃげた足をずるずると引き摺って泣きべそを掻いていた。いつもなら一発で仕留めるところを悪乗りしたジャックは虫螻の足を撃ち、激痛に悲鳴を上げる顎を砕くと仕舞いには撃ち抜いた膝を踏みつけて確実に砕いてやった。通常では曲がらない方向へと動く虫螻の足はマリオネットのようで、ジャックは「玩具みてえだ」と自身の足で転がすように突付く。
「ひっ」
「死にたくねえ? まだ生きてえ?」
 ジャックは揶揄い虫螻の目の前でしゃがむ。
 必死で頷く虫螻の姿がジャックの目には滑稽に映り、一挙一動に怯える表情は可笑しくて堪らなかった。滾る興奮と血のにおいに踊らされてジャックのテンションは最高潮まで達し、快感から舌なめずりをして口角はますます上がって裂ける。
「だったらゲームしようぜ。哀れな仔山羊にラストチャンスだ」
 ジャックは足許に転がるリボルバーを拾い上げてチャンバーを確認すると、空薬莢を抜いた残りの弾丸一発を納めたままシリンダーを回転させて虫螻の手にグリップを握らせた。
 畏怖しながらも添える虫螻の両手が小刻みに震える。
「てめえが死ぬか、俺が死ぬか──撃鉄のカウントダウンだ」

 コールタールの空はエデンの象徴、余所者だらけのアウトロー地帯。
 小汚ない都市に廃人の群れ。
 犯罪は謳歌、日常は喜劇。
 此処は掃溜め、ゲヘナの入口。
 ジャックの住処はジャンク・ストリートと呼ばれる、まさに掃溜めである。カラフルなペンキで落書きされたコンクリートの建物やレンガ造りの建物が連なり、がたがたの石畳の路が迷路の如く入り組んでいて、地元──所謂ここいらの住人でなければ簡単に迷ってしまうほどだ。
「上でシャワーでも浴びてこい」
「あ?」
 ジャックの根倉の階上は行きつけのバー、ダストボックス。店舗自体に名前がないため、古参の常連らから掃溜め呼ばわりされている。開店は陽が落ちる適当な時間から朝方が主だが時には昼間からであったりと、マスターであるリノの気分で前後する気紛れな店だ。
 トレードマークのカラスコートを翻す仕事明けのジャックが黒い木製のカウンターを定位置に、袖を捲り上げたスタンドカラーシャツにロングエプロン姿の火傷顔と向かい合うと、不快な顔で唐突にそんな事を謂われた。
「血腥い」
「くんくん」
「慣れとは恐ろしいねえ」
 とうに浸み付いているにおいは当然で、寧ろジャックの気分は昂揚していた。
「悪い虫に集られるぞ」
「ビギナーか」
「ガキばかりが増える」
 うんざりするリノが嘆息混じりに言葉を吐くと、ジャックは取り出していたブックマッチの尖端を透かさず指で弾いた。
もな」
 ジャックは噛み銜えるナットシャーマンに火を点け、仄かな甘みを帯びた馨しい香り混じりの息でマッチの火を吹き消した。
 荒れくれ、ならず者、クソッタレ。馨しい血の匂いに煽られて己の力を誇示したがる粋がった連中が、誰彼構わず吹っ掛けて後には死体が転がるばかり。アウトローならではのマナーを知らず、知ろうともせずに遣りたい放題で闊歩するのが通称・新参者である。
「好んで来るのはクソの好奇心。身包み剥がされて人生も無くすぜ」
「いい経験になる」
 ジャンク・ストリートの住人は大抵が顔見知りであり、余程の莫迦でもない限り衝突はない。それでも少々のいざこざ程度なら珍しくもないのだが、古株だらけのお陰か無作法無作為にドンパチを遣らかす血の気の多い者は先ずいなかった。銃器を構えるよりも拳の挨拶、それがアウトロー地帯に住まうアウトローによるマナーなのだ。
 ジャックの目の前に出されたロックグラスには茶色の液体が揺らめく。カラスコートの胸ポケットから取り出したピルケースを傾けると白い錠剤が一粒、小さな泡を作りながらグラスの底に沈んだ。
「飲み過ぎだ」
「まだ一杯目」
「ラムネの話しだ」
 リノの目線の先にはジャックの手許にあるロックグラスだ。ジャックが傾ける度に沈んだ錠剤が忙しなく暴れる。
「ジャンキーならいいが、クレイジーにはなるなよ」
「一応人間やってるよ」
 血のにおいはジャックにとって眠剤を誇り、昂揚と鎮静を促す。時にぶっ飛んでは血塗れて、そんな自分にジャックは賛辞を送るのだ。
「だから恐いのさ、お前は」
 リノ・ヴァトゥーリとジャックは長い付き合いになる。ジャックが今の稼業を遣る前──いや、そのきっかけを作ったのがリノだった。
 ジャンク・ストリートのまさに塵捨て場で生まれたジャックはそれまでの記憶を一切喪失していた。自分の名前も年齢も、何者かさえ知らない浮浪者であった。そうしていつからか名無しと呼ばれるようになった。
 行宛もなく途方に暮れていたジャックにリノが与えたのは、ダストボックスの地下の寝床と生き様だった。
──どうせ野垂れ死んでたかも知れない命だ。ハイリスク・ハイリターンの人生に賭けても罰は当たらないだろうさ。
 リノはそういった稼業を相手とした商人で、仕入れた様々な機器や武器、情報を売っている。武器に関しては売るだけでなく修理もし、頼まれれば何であろうと仕入れる。が、その分、価格もピンからキリまでで一銭だろうと負からない。
 リノ曰く本業はバーのマスターだが、誰がどう見ても裏稼業の手段のように思えると、口にすれば銃弾を打ち込まれるのでそれに関しては沈黙がルールである。
 ジャックがリノに謂われるがまま始めた賭け事は見事なまでに連勝中。才能か慣れか、ジャックには今じゃどうでもいい話だ。
「次は?」
 スパイス入りのブランデーを一気に飲み干したジャックが、空っぽのグラスに求めたのは酒のおかわりではない。
 呆れた表情と共にグラスの縁を手に取るリノは息を吐いた。
「少しは休め」
「失敗なんざしねえよ」
「お前の身体を心配してる」
「壊れねえよ」
「そこは?」
 リノが指で示したのはジャックの胸の中心だった。
 思わずジャックは笑う。
「似合わねえ」
「保護者だからな、一応」
「人生なんて思うより短いって謂ったの、あんただろ」
「この仕事は特にな」
「矛盾」
 呟くジャックはガラス製の灰皿に煙草を押し付けた。
 行宛も無く途方に暮れていた筈の人生、今もそれは変わらず。今日は生きていても明日死のうが構わず、退屈な毎日に欠伸を掻くくらいならスリルに溺れて逝った方が満足するのだと、ジャックはいつか語った。
 溜息と一緒にリノがジャックへ渡したのはブランデー入りのロックグラスと一枚の写真。写真の中の男の面構えはその辺りでは珍しくもない小悪党そのものだ。
「ジェイムズ・キーツ。最近巷で調子に乗ってるキチガイだ」
「何モン?」
「ちゃちな売人だ。くすねた砂糖を売り捌いてガロアの連中に追われてる」
「げろ。ベネット・ガロアか」
「珍しいな、知ってるのか?」
 ジャックは世事に一切無関心で、どれだけの有名人を前にしても「誰?」の始末だ。しかし一度聞いた事や見た事はどんな小物や出来事だろうと、その気は無くても記憶している。
 ジャックは顰めっ面で短く答えながら溜息一つ。
「一年くれえ前だかそこらに──Hey Boy。うちのジャッカルにならねえか──って、クソな科白で誘われた」
 途端に吹き出すリノは破顔する。
 余所が聞けばお笑いものだが、得意満面に薄笑いを貼り付けたオヤジに恥ずかしげもなく謂われた当時のジャックは呆れるしかなかったのが事実だ。
「ボーイか、見る目がないな」
「そっちかよ」
 ベビーフェイスどころか常に無愛想で凶悪と紙一重、長身の体躯は筋力もそこそこで態度はそれ以上に大柄。しかし綺麗過ぎる顔と純粋なブロンドがアウトローにしては変わった毛色で好奇心を持たれたのだろうと、リノは不愉快な顔でマッチを擦るジャックを笑う。
「ベネディクト・ガロア──ウェストエンドに拠点を置いてる組織のボスだ。あちこちで派手に商売をしてる」
「関係は?」
「キーツは下っ端だ。仔細はバロックに任せてある」
「ま、興味ねえけど」
 ジャックにとってはくすねた麻薬の売人という事実だけで充分な情報であった。標的が何様であろうと仕事に差し支えることもなければ容赦もしない。聞いたところで絆される情などジャックは微塵も持ち合わせていないし、クソな反吐である。
 空いたグラスに新たにブランデーが注がれる。
「で? なんだって俺に話がくるわけ。てめえらで探した方が早えだろ」
「下っ端は信用ならんのだと」
 現状を踏まえた正論にジャックは気怠い溜息と共に煙を吐く。
「殺りゃあいいのか?」
「掃除屋だからな」
「金とヤクが戻れば用済み、か」
「報酬は弾むと謂ってた、好きなものを好きなだけくれてやるとさ」
「あんたに任せるよ」
「夢見がちはエデンじゃ腸を曝け出す、哀れな話だ」
「莫迦げた、の間違いだろ。それこそちゃちな話じゃねえか」
 ジャックが手にした写真を早々空になったグラスに差し入れると、リノはそれをグラスごとカウンター内にあるゴミ箱に放り投げた。
 エデンは余所者ばかりが集う都市だ。なんらかの追跡に怯える逃亡者、ジャックのように行宛のない彷徨者、昔ながらの住人と方々の国から様々な人種が挙って繁盛し、エデンという荒廃都市をならず者の楽園へと作り変えた。若輩の中には成り上がろうと躍起になる者が山ほどいる。エデンの仕組みを知らずにその無謀さが災いして命を落とす莫迦もいれば、せめて命欲しさに形を潜めてその日暮らしに納まる敗北者もいた。
 エデンとは名ばかりの現実はゲヘナ。今日在る命が明日も在るなんて甘い考えは通用しない、だから夢など無駄なものなのだ。
「ほんっと最悪だぜ、あのアマ!」
 唐突に奏でられた真鍮ベルは喧しく、乱暴に放たれたドアを示した。
「バチが当たったんだろ、変態プレイ過ぎんだよテメーのは」
「うっせーな! 危うく食い千切られるとこだったんだぜ?!」
 リノの店には珍しく、五〜六人で集る若者が姿を見せた。
 しようのない話しを垂れ流す明らかなビギナーの登場で、ジャックを除く三〜四人の客がテーブル席に着いている店内には煩わしい空気が蔓延する。
「お、美人はっけーん!」
 生まれながらの美貌はろくなものを寄せ付けない。
 向けられる好奇の視線に吐き気がするジャックは近付いた足音に密かな舌打ちをして、リノがフッと鼻で笑うと笑い事じゃねえと謂わんばかりの視線を向けた。
「よう? 兄さん。俺とファックしねえか?」
「マジでテメーの趣味がわかんねー」
「だーってろって!」
 下品な笑い声が耳に付く。
 莫迦丸出しのナンパ男を無視し続けるジャックはぐしゃぐしゃの箱から弾き出した一本を苛立ちに噛んで火を点けるが、顰める眉間の皺は一層深くなって不快に頭痛が増していた。
「なあ、俺のは最高だぜ」
(最高臭えのがにおってんだよ……)
「なあ、おい──」
 気安い男の腕がジャックの首へ伸びる。
 安ヤク臭い息を吐く顔が間近に寄って直ぐ、ジャックは男の腹に当たるバーチェアの足を後方へ蹴飛ばした。
 下半身を椅子に押し出された男は阿呆面露に、支えを失くした身体はがくんと落ちた。
「テメェ……っ!」
 連れ立った仲間は咄嗟に懐や腰に下げた銃に手を掛けるが、先に響くコッキング音に誰もが躊躇した。
 酒を嗜んでいた筈の傍観者らがそれぞれ獲物を構えていることに、店内を見回すビギナーらの目は見開き身体が強張る。
 カウンターに両手を投げ出す無様な恰好の男の頭はジャックの手に鷲掴みされ、驚愕に震える双眸は額に当てられたジャックの相棒を凝視する。
 トリガーはほんの遊び心に留まり、ジャックの背筋にはゾクゾクと興奮が駆け上がった。
「調子に乗り過ぎなんだよ、群れるしか能のねえガキ共が」
 目下でガチガチと歯を擦り合わすクソッタレに照準を合わせ、犬歯を剥き出して顔を寄せた。
「初対面では挨拶が肝心だ。それによお、もうちっとマシな口説き文句ってのがあんだろ」
「あ……あ、あ……」
 悠長な口振りはどこへやら。くだらなくて莫迦莫迦しくて、とっとと終わらせたいとジャックの手許は疼く。
 眼前の硬直状態を余所にジッポーの音を奏でるリノは、銜え煙草に紫煙を燻らせた。
「後始末は業者に任せるとして、頼むから店は壊してくれるなよ」
「一生掛かったって使い切れねえ金稼いどいて、なに小せえ事謂ってやがる」
 困った様子でもない涼しい顔のリノの謂い分に対し、顔を上げるジャックの尤もな謂い分。
「日曜大工なら手伝うぜー、リノ」
「あほう。修理費は貰うぞ」
「せこいなー」
 物騒な常連たちの豪快な笑い声が店内に響き渡る。日常茶飯事、緊迫感など何処へやら。
 オートマチックを構える細身の客人が、狙いを定めたままでビギナーらに声を掛けた。
「兄ちゃんら、謝るなら今のうちだぞ。そいつは容赦ねえから」
「そうそう。血が好きだからなぁ、ジャックは」
「うるせえんだよ、ジジイ共は」
 ビギナーら全員の目がジャックに注視する。
ジャック……って」
 ジャックの口角が吊り上がる。
 身動きの取れない無様な男が不意に声を上げた。
「あ、あんたが……エデンの、掃除屋──」
「遅せえよ、キッド」
 男の瞳孔が見開かれる。
 笑うジャックがトリガーに掛けた指に力を入れると、キチリとバネが軋んだ。

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