DOLL
BL/純愛/R指定
黒のメサイアと仮面のご主人様 第五幕
時刻は午前一時半。
仕事から上がったライが、オーナーのデスクの上にどっかりと尻をつき、我が物顔で陣取っていた。
シャワーを浴びた直後なのだろう。彼の髪はしっとりと濡れており、まだ肌からも若干の蒸気が漂っている。
頬も赤く色づいており、またその身には形容しがたい色香を纏わせていた。
しかし、その表情は硬く、眉をこれでもかというほど中心に寄せた顰め面である。
対して、オーナーはスーツ姿のまま、デスクと対の椅子に座って手にしたファイルに目を通していた。つまり、ライと向かい合っている形にある。
しかし、ライはオーナーに対して背を向けており、しばしの沈黙の後、機嫌の悪そうな声音で口を切った。
「で? 水鏡がキョウだって知ってたわけだ?」
「当たり前だろ。オレを誰だと思ってんだ」
「格好いいだけが取り柄のおっさんだ」
「言うじゃねぇか」
フン、と鼻を鳴らすライに、オーナーは苦笑する。そう怒るなと、オーナーは彼を宥めた。
「別にお前をないがしろにしていたわけじゃない。赤月だって知らなかったんだぞ」
「ほら! ドールの本名も知ってるんじゃんかよ! だいたい、お前らは俺とドールを馬鹿にし過ぎだ! 俺だってなぁ、すっげー心配してたんだぞ!」
「わかってる。お前はアイツのダチみたいなもんだからな」
「みたいなもんじゃねぇ! ダチなんだ!」
本気で憤慨するライに、オーナーは素直に「悪い」と謝罪した。
ライにしてみれば裏で全てが仕組まれていたようで気に食わなかったのだろう。
しかし、オーナーにもそれなりの事情があったのだ。彼は聞いてくれと、ライに頼んだ。
「知ってるだろ? 今より若い頃、オレとキョウはまぁ、かなりやんちゃやってたんだ」
「俺の聞いてる限りでは、やんちゃってレベルじゃねぇけどな」
「いろいろ気に食わなかったんだよ。オレはオレ。アイツはアイツで昔……まぁ、いろいろな」
そこでオーナーは言葉を濁した。
過去に何があったかは知らないが、アンダーグラウンドに集まる連中はほとんどが訳ありであるため、ライはそれ以上追及しなかった。
ちなみに、キョウがクラウンであることを知っているのは、ここではオーナーと赤月だけである。
オーナーは懐かしそうに、そして気恥かしそうに当時を語った。
「色んなとこ引っ掻き回してはドンパチやっててな。何件も何件もアイツと繰り返したよ。その中の一件が、たまたま赤月を飼ってた店だったんだ」
「じゃあ、そこで?」
「ああ。アイツを含めたレスト全員がかなりひどい扱いを受けていてな。もともと血気盛んでムシャクシャしてたってのに、さらに胸糞悪いもん見せられてな。まぁ……」
「暴れたわけだ」
そういうことだ、とオーナーは答える。
「店ん中でこれでもかってほどに暴れたわ、レストを飼ってた連中らを片っ端からなぎ倒したわ、も〜暴れた暴れた。なっつかしいな〜」
「懐かしむなよ。そんで?」
「ああ。一通り暴れまくった後、そこのオーナーに向かって、キョウが捨てられてた銃を向けたんだよ。アイツにしてみればただの釘さしだったんだろうな。当てるつもりはなかったんだが、あの下衆野郎が……近くにいた赤月を盾にしたんだ。無理やり自分の前に引きずり込んでな」
「なっ……マジかよ」
オーナーは苦虫を噛み潰すような表情でライに答えた。
それは胸糞悪くもなるわ、と。ライは舌打ちをする。
「時すでに遅し。流れ弾は赤月の腕に当たったよ」
赤月の身体にある無数の傷の一つに、その傷も残っているのだろう。
その時の事が鮮明に思い出せるのか、オーナーはしばしの間、瞳を閉じた。
ライは何も言わずに、オーナーの次の言葉を待った。
「その後……キョウはキレた。さらに暴れまくったよ。オレでも止められねぇくらいにな」
「んなことあったら、俺だって……ぜってー暴れる」
だろうな、と。オーナーは相槌を打った。
「キョウはその下衆を殴ったよ。何度もな。オレは死人が出るかと思ったさ。けど、怒り狂ったアイツをオレは止められず、ただ茫然と見ていることしかできなかった。騒ぎもすっかりでかくなって、そろそろアンダーグラウンドの管理者らも出てきかねないって、そんな時に、だ。……赤月がキョウに触れたんだ」
「ドールが? でも、怪我してたんだろ?」
オーナーは首を縦に振る。
「決して浅くはない怪我を負った腕で、アイツは主人を殴り続けるキョウの腕にしがみ付いた。痛ぇはずなのに、怖ぇはずなのに、アイツは必死でキョウに懇願したんだ」
オーナーはその時の台詞を口にした。
『も、もう……止めてください。し、……しん、じゃいます……それ以上……傷つけたら……あ、あなたも……傷つき、ます……お願いします。……止めて、ください』
「ぶるぶる震えながら、それでも必死に懇願するんだ。あんな下衆のために、そしてオレたちのために、お願いするんだ。……そんで、何が起こったのかはわからねぇ。アイツはピタリと殴るのを止めて、店を後にした」
「すげぇな。ドール」
それ以来、二人はそれまで行ってきた襲撃を止め、しばらく身を顰める生活を始めた。
その後、金が欲しいというキョウの一言がきっかけとなり、例の商売を始めたのだ。
「店もできて、『DOLL』の名も広まり始めた頃に、アイツが言ったんだよ。レストを一人飼うことになったと。もともと金使いに荒い方じゃなかったが、店を建ち上げる前からずっと貯金をしてやがったからな。何がそんなに欲しいのかと不思議だった。まさか、レストを手に入れるためだとは思わなかったよ」
成程、と。ライは合点がいったのか、含み笑いをする。
「そのレストがドールだったってわけだ。へ〜。ふ〜ん。アイツも可愛いとこあんだな〜。でも、どうして変装なんか?」
「負い目があったんだろう。偶然だったにしても、ドールの腕に怪我を負わせたし、それでなくとも襲撃なんて馬鹿なことをやらかしちまったんだ。怖がらせたくなかったんだろうな」
それに水鏡はこの店トップのS役だ。崇拝者はたくさんいる。そんな水鏡に愛人なんて存在が表沙汰になれば、それは嫉妬と憎悪の対象となる。
また、赤月はレストだ。あの手この手で排除しようと考える者が出てくるだろう。マドカのように。
そのためにも、誰にも知られていない存在である、キョウとして、水鏡は赤月を手に入れたのだ。
ライはケタケタと笑う。
「ただ単に、嫌われたくなかったんじゃね? だって、その時点でもうドールにぞっこんだったわけだろ? 半端なさそうだもんな。アイツの独占欲」
それに素直じゃないしと付け加えれば、つられてオーナーも笑いだした。
「告白できずに今まで抱くことができなかったらしい。お前らしくないと、無理やりにでも手に入れればいいじゃねぇかと、オレは何度も言ったんだがなぁ」
「できなかったってわけだ……そうだよな。本気で恋してんだ。身体じゃなくて、ドールの心が欲しいよな」
共感できるところがあるのか、ライは床に向かって目を眇めた。そんな彼の背中を眺めながら、オーナーは椅子から立ち上がった。
「不器用なんだよ。今までに何人もの相手を落としてきたって言うのに、アイツは本気で人を愛したことがなかったんだ。そんな奴が、あの時の一瞬で恋に落ちたんだぞ。手に入れることは簡単でも、その後はどうすればいいのか、わからなかったんだよ。本気でぶつかるなんてこと、今までなかったアイツにはな。そして……」
ぐいっ、と彼の背中を抱きよせ、背後から顎を持ち上げる。
「わっ!?」
体勢が崩れ、後ろへ仰け反る形になってしまったライが見上げると、そこには不敵に微笑むオーナーの顔があった。
「それはオレも同じだけどよ」
「んんっ!?」
オーナーはライの唇を自身のそれで塞ぐと、舌を絡ませ、濃厚なキスを始めた。
無理やりで、しかも首に負担のかかる姿勢でのキスだったが、ライは拒むことなくそれに答えた。
眉にはあの時の皺などすでに消えており、その表情は恍惚としていた。
「んっ……んぅ……アイ、ルぅ……」
唇を離すと、どちらともない銀糸が引いた。オーナーはライの腰に手をかける。「いいだろ?」と尋ねれば、「しょうがねぇな」とはにかんだ。
そのとき。
「アイル。入るぞ」
「き、キョウさんっ!」
「大丈夫だ。大人しく……なんだ。取り込み中だったか」
赤月と、彼を横抱きにするキョウが入室して、この二人の睦み合いは続行不可能となる。
オーナーは恨めしそうにキョウを睨みつけた。
「ったく……いいとこで入ってくんな。つーか、ノックしろよ」
「うおっ!? え、お姫様抱っこ?」
「ら、ライくん……見ないでっ……」
「いいじゃん、いいじゃん! こっち来いよ〜」
キョウは至って平然として赤月を抱いているが、抱えられている本人は相当恥ずかしいらしく、顔どころか首まで真っ赤にしている。
両手で必死に顔を隠そうとしている赤月に、満面の笑顔を向けるライはデスクから腰を下ろすと、傍にある応接用の横がけソファに移って手招きをした。
赤月は指の隙間からそれを覗くと、おそるおそる顔を上げ、キョウを見た。
愛らしい仕草をする彼に、キョウはフッと微笑むと、ライの下までゆっくりと歩み出した。
「降ろすぞ」
「はい」
いつになく優しい仕草を見せるキョウに、ライはニマニマと笑顔を隠せない。
赤月が自分の横に降ろされ、キョウがオーナーの下へ行くと同時に、彼に祝福の言葉を贈った。
「よかったじゃん! 初エッチおめでとう!」
「あ……う……あり、がとう」
初めて聞く赤月の声は、彼の外見によく合う、温かみのある優しい声音だった。そして約束通り、敬語を外して答えてくれる友人に、嬉しさを隠せないライは彼を思い切り抱きしめた。
「らっ、ライくんっ!?」
「ライくんだって! 俺、超嬉しい〜! なぁなぁ、俺も赤月って呼んでいいか? いいよな? 呼んじゃうぞ!?」
パッと顔を外すと、嬉しそうに頬を染める赤月の顔があった。
「ほ、ほんと?」
「ホント、ホント〜! なっ、赤月!」
「う、うんっ」
じゃあ、今日からまたよろしくな、と。
微笑む赤月に向かって、ライは白い歯を見せてニッと笑い返した。
そして、初夜の感想を不躾にも、根掘り葉掘りと見境なく聞き始めた。
「テクはあるからな〜、アイツ。初めてらしいけど、ちゃんと気持ちよかったか? アンアン言わされたか? あ、もしかしてそれでお姫様抱っことか? きゃ〜! 愛されてる〜♪」
「お、俺は、大丈夫って言ったんだけど、聞いてもらえなくて……」
「いやでも、本当に大丈夫なのか? 冗談抜きにして水鏡の欲ってパネぇんじゃねぇか? 腰砕けたのだってきっと休む暇なくパコパコ……」
「そ、そんなことない……キョウさんは、優しい、よ」
「キョウさん! さん、だって! 熱いねぇ」
「ううっ」
火のついた惚気話はもはや止まる事を知らずに、加速し、暴走する。ぎゃあぎゃあと賑やかしくなれば、近くにいる長身の男二人が彼らに視線を向けた。
「るっせぇな。女か、お前は」
「あ? 何言ってんだ。俺はお前のオンナだろ?」
「なっ……不意打ち過ぎるぞ。お前」
「赤月。そこの青いのを殴って黙らせろ。命令だ」
「きょ、キョウさん!?」
「うわっ、お前の旦那、マジで鬼畜だな。赤月、お前俺に鞍替えしろよ。お前だったら、あの金髪と別れていい」
「おい。ふざ……」
「ふざけるな。赤月はオレのだ」
「お、言うね〜。マジ面白いな。お前の旦那」
「ら、ライ、くん……その……旦那って……」
「んだよ。照れることねーじゃん。可愛いな〜。このこの」
「わわっ、ライくんっ」
「おい、やめろ」
「それ以上赤月に手を出すな。なんか、オレがムカつく」
「へいへい〜。可愛い奥様にちょっかいかけるくらいいいじゃんか。なぁ? そこの二人はどんだけ心狭いんだっつーの」
「狭くて結構。お前はオレのだ」
「赤月」
「はい、キョウ……んん!? んっ……んぁ……キョウ、さ……ん……」
「ひゅ〜♪」
「赤月は一生、オレのものだからな」
ありがとうございます!