天白文庫
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DOLL

BL/純愛/R指定




眼帯メイドと仮初めの燕尾服 第四幕




 バシャリ!
 派手な水しぶきと魚が沖に上がるような激しい水音。そして何人かの男たちによる騒がしい罵声の数々。
 その中心にいる人物が、たった今、屈強そうな男たちによって、目を背けたくなるような酷い水責めにあっていた。
「げほっ……けほっ、ごほっ」
 人、一人が入れるようなドラム缶の中に満たされた水の中に、窒息寸前まで顔面を押さえつけられる。それを、ボロボロのメイド服を身に纏った真珠が受けていたのだ。
 髪を力任せに掴まれ、両腕は抵抗できぬよう二人掛かりで押さえつけられている。空気に口が触れると、ゼエゼエと呼吸を繰り返し、充分な酸素を吸えないまま再び水に漬けられる。
 その周りで、身体の所々に派手な刺青を纏っている男たちが、真珠を見てせせら笑っていた。
「おいおい。そのくらいにしておけ。いくらやったところで、効かねぇよ。そんくらいの訓練受けてんだろぉ?」
「だったら、もうちょっとくらいキツくてもいけるよなぁ? ああ!?」
「ばっか。死んじまったらどうすんだよ! ギャハハ!」
  苦しむ者を囲い、嘲笑うという不気味な光景。
 それはどこかの、あまり人には知られていないだろうだだっ広いとある倉庫の中で繰り広げられていた。
 数時間前。真珠は見知らぬ男達によって拉致された。先日、という男の言葉から、思い当たる節が一つしかなかった真珠は、待ち受けていた男たちのアジトだろう倉庫の中で、顔面を腫らしたよく知る男を見つけた。それはつい一週間前、ギイと出掛けた先で偶然会った、自身の過去を知る組織の男だった。今は別の組織に属しているらしく、男は腫れあがった口を開いて真珠に言った。
 お前たちが現れなければ、取引が成立していたはずなのに、と。
 なるほど。自分は逆恨みをされてここに連れてこられたのかと。真珠は水責めに遭いながら、男たちの目的の一つを把握した。
 そしてもう一つは……。
「ま、こんくらいやっときゃ、体力も落ちんだろ。いくらこれがキリングドールだとしてもよ」
「そいつは俺がいた組織のボスの愛人だったんすよ。あっちの方もプロ並みですよ?」
「馬鹿かお前。ヤったこともねぇくせに知ったような口利いてんじゃねぇよ」
「それに、だ。今回の目的はこのお人形じゃねぇ。お前をそこまでヤったっていう男の方だ」
「ああ、間違いねぇっす。そいつがコレの今の主人です。くそっ……あの野郎が現れなきゃ、取引がうまく言ったっていうのによぉ……」
「何者だ? その男は」
 ギイ。男たちが狙っているのは、あの時鞭を振るったという真珠の後輩だった。
 依然、男達によって抑えつけられている真珠は、肩で息をしながら考えていた。ギイは何者なのか。
 男達、そして真珠がなぜそこまでギイの正体を気にしているのかといえば、やはりあの時のことだろう。真珠を強姦しようとした男に鞭を振るい、制裁をした。その制裁の仕方が通常のSMとは全く異なるものだったからだ。
 相手をギリギリまで生かし、そして殺すギリギリまで罰する責め方。ギイは間違いなく、真珠が属していた組織に近い場所で生きてきた者である。
 そしてもう一つは。ギイが真珠の主人であると勘違いした男たちが、レストである真珠を庇い助けたという事実を知って、真珠がいかに価値のあるレストであるのかと興味を持ったからだ。
 見目の良い真珠は男女問わず魅了する。頭から水を滴らせ、苦しげに呼吸を繰り返す様がやけに煽情的に映り、それを眺めていた男の一人が、口端を持ち上げながら真珠へと近づいた。
 連中の内でも幹部クラスなのか、周りの男たちが頭を下げた。真珠を抑えていた男たちが離れると、真珠の襟元を掴み上げ自身の元へと引き寄せる。かろうじて左目にひっかかっている眼帯の、反対側にある目が男を捉えると、男は真珠に顔を寄せながら囁いた。
「今の主人の代わりに俺が鞭を振るってやろうか? たっぷり可愛がってやるからよ……」
 湿っていても艶やかな真珠の唇に、自身のそれを重ねる男。周りからはやれやれといった嘆息混じりの声が漏れる。ここで始めるのかと呆れながらも、内心は真珠の身体に期待している者は多い。特に、先日ギイによって負傷したあの男は、真珠を犯すだけでは足りない程の恨みを持っていた。
 つい先ほどまでSM男娼館でM役を務めていた真珠を、男たちはどう嬲ってやろうかと、各々の頭の中で妄想を膨らませ始める。さぞや美味しい思いをしているだろう、真っ先に味見を始めた男の反応を伺うと……。
「ぐっ!?」
 驚いたことに、口元を抑えながら真珠を素早く引き剥がしたのだ。しかも、その表情は苦悶に満ちており、口元を抑えている手からは赤い何かが滴っている。
 男たちは真珠を見た。引き剥がされた衝動で背後にいた別の男達に抑えられたが、先ほどの水責めで体力は消耗しているのか、頭は下を向いている。
「ペッ……」
 ボトリと、何かが地べたに吐き捨てられる音がした。意外な展開に呆気にとられている男たちがそちらを見ると、赤黒く小さな物体がそこにあった。
 職業柄というべきか、それが何なのか察しはついた。ということは、たった今口元を抑えて呻いている男は、ある物を無くしてしまったのだろう。
 真珠をもう一度見遣ると、彼は顔を上げていた。だが、今までの無表情とは異なる、凍ったように冷やかな、しかし凛とした表情だった。
 状況を飲み込めた男達。そして怒り心頭で口元を赤で濡らした男は、捕らわれている真珠の首を鷲掴んだ。
「いい度胸じゃねぇかっ……このレストがっ!」
 真っ赤になった口腔内を大きく開け、男は真珠の首を締め上げる。男の怪力によって、真珠の軽い身体はそのまま持ち上がり、つま先立ちとなってしまう。
 しかし真珠の顔は変わらない。冷やかな表情と視線で、口の中のアレが半分無くなってしまった男を見遣るだけ。そんな真珠に、米神辺りに血管を浮かせた男が顔すらも真っ赤にさせながら、制裁の内容を口にした。
「決めた。お前は俺の奴隷だ。上も下も俺のザーメンなしじゃ生きていけねぇように薬漬けにした後で嬲り殺して捨ててやる」
 首を絞める手に力が増す。ギリギリと締め上げられる中、真珠は片眉すら動かさずに男から目を逸らさない。そして、真珠のつま先が宙から浮きかけたその時に、彼の口が小さく動いた。
「て……みろ」
「ああ?」
 何を発したのか、男は命乞いでもし始めたのかと真珠の口元と、発せられる声に集中すると……。
「やれるものならやってみろ。お前程度の人間が、レストを使役できるとは、思わない」
「なっ……!」
 およそ、レストとは思えない言葉が、真珠の口から発せられたのだ。男は絶句するが、真珠はその口を閉じようとはせず、男に言葉を発し続ける。
「俺は、キリングドール……」
 そして、自身の左目に掛っている眼帯に手を宛がうと、そのままそれを自身から引き剥がす。
「今は……仮初めの燕尾服を身に纏う執事を主とする、レスト」
 現れたのは、左目とは異なる、金色の瞳。
 機械的な声が降ってきた。
「主の敵は、全て、排除する」
 無機質でだだっ広い倉庫内が、一瞬で怒号や咆哮といった叫びで満たされた。
 そう、一瞬の事だった。
 飛び散る赤や、鉄と消炎の匂い。そしてけたたましい銃撃音。
 その度に広がる悲鳴と絶叫。屈強な男たちが大口を開けて狙うのは、たった一人のメイドだった。その手には男たちから奪ったナイフと銃が握られている。
 主を守るため、そして主の敵と認識した者を排除するため。真珠は異なる色の両眼で一人、また一人と敵を捉えては倒していく。その手口に派手さはないが実に鮮やかで、まるで蝶が舞っているかのような動きだった。
 本来の力を発揮した真珠だが、それはキリングドールとしてではない。今の真珠は、主と定めた男を守るために、ただただ必死だった。自身の命が危機に晒されたことが引き金でなく、男たちの狙いがギイであったことが、真珠の目的を決定させたのだ。
 ギイから貰ったピアス。それによって、表だって何かが変化したわけではない。だが、真珠はその時に決めていた。
 それは命を救ってくれた水鏡でも、自分の居場所を作ってくれたアイルでもなく、自身の処女を捧げた後輩を、自分の生きる全てにしようと。
 そうでなければ生きられない自分を、ギイはどう感じているだろうか。それを尋ねるのが怖くて、この一週間は何も変わらないままだった。「レスト」でもないのに、自身の物になると言ったギイは、一体何を考えているのだろうか。それを知るのが不安だった。
 けれど、今は違う。真珠はただ、守りたいと思った彼のために、ナイフを振りかざし、銃を構える。
「ぎゃああ!」
「殺せ! そいつを殺れぇ!」
 だが、水責めでの体力消耗が大きなハンデとなり、あと二人を残したところで一瞬の隙を作ってしまう。
「今だっ! 殺せぇ!」
 真珠を狙う銃口が彼を捉え、引き金に指を掛けた。真珠がとっさに腕を自身の前に構え、来るだろう衝撃を覚悟する。
「やれ」
 銃撃音。しかし、それは自分の身体に浴びせられたものではなかった。
「ぎゃあ!?」
「ぐあっ!」
 真珠がその目で知ったのは、自身を撃とうとした男たちが、逆に撃たれて倒れてしまったということ。真珠の背後から発砲された、別の人間からの銃撃に、真珠は警戒して振り返る。
 だが、次の瞬間には、目を大きく見開いて、現れた人物の名を口にしていた。
「ギ、イ……?」
 そこには、普段とはまるで逆の姿の後輩が立っていた。
 背後に銃を構えている黒ずくめの男たちを何人か従えていたが、驚いたのはギイのその姿だった。執事でもなく、今風の若者の恰好でもなく、黒のロングコートにグレーのスーツを身に纏っていた。そして何よりも、普段見せている恵比寿顔ではなく、両眼に宿したアッシュを覗かせた冷徹な表情が、ギイであるのにギイではないと思わせてしまっていた。
 真珠がその場で立ち尽くす中、ギイは辺り全てを捉えながら、背後の者に声をかけた。
「殺していないな?」
「急所は外しています」
「ここにいる者すべてを捕らえろ。舌と腱は切っておけ」
「承知致しました」
「嬲るのは趣味じゃないが、方法は任せる。ただし殺すな」
「仰せのままに」
 交わされた会話は穏やかではない。それは自身が所属していた組織内では日常的に飛び交っていたものであり、聞き慣れていた内容だった。
 真珠は怖いと思わない。だが、見たこともない集団と、その中心にいるギイについて、真珠が冷静に今の状況を整理し始めると、地べたに転がるある物が目に飛び込んだ。
 再び目を見開くと、真珠に近づいてきたギイが彼の名を呼んだ。
「真珠さん」
 真珠はギイを見る。いつもの無表情で彼に向き合ったが、両眼で彼を捉えるのは初めてだった。
 対してギイは複雑そうだった。しかし、ふっと見せた微苦笑が、解っていると言っていた。
「警戒するなって言っても、簡単には解けないでしょうね。驚かせてしまい、すみませんでした」
「どうして、謝るの?」
「それを俺に聞くんですか? 真珠さんはもう、解っているんでしょう?」
 解っているとは、少し違う。真珠はそう思った。
 解ったのだ。そして知ったのだ。数年間、考えても考えても悩むばかりでどうしようもなかった真実が、このたった一瞬で判明したのだから。
 真珠は地べたに転がるそれを見て、ギイに言った。
「ボスを殺した銃の弾丸と、同じものだ」
 ギイは穏やかに微笑んでいた。
「殺しますか?」
 真珠が再びギイを見上げると、ギイは真珠の湿って冷たくなった頬に手の甲を当て、優しく撫でた。目の前の男は自分の後輩。そして自分が生きる目的として定めた主。
 弾丸はボスを殺したもの。
 ボスを殺した敵組織の奴らの顔は全員覚えている。ギイはそのどれでもない。だが、顔などいくらでも変えられる。
 目の前の者は、ボスを殺した敵であり、自分の新しい主なのだ。
「言ったでしょう? 貴方の願いはすべて叶えると」
 そして反対側の手で、真珠がナイフを握っている手をそのまま自身の首元まで持っていき、血塗られた刃をピタリとその首筋に宛がった。
「貴方が望むなら、俺は貴方に殺されましょう……貴方の望むままに」
 刹那、時が止まったように静かになった。周りの人間や地べたに転がる人間全てがどうでもよく、ギイと真珠の二人だけとなったような気がした。
 真珠は真っ直ぐギイを見据えたが、その手が動くことはなく、ゆっくりと首を横に振った。
「俺はレストだ。そんな権利は、ない」
「レスト」としてはもっともな理由だった。真珠はギイに、この手を話すよう告げる。ギイは驚いたように口を開いたが、言葉は何も発さなかった。
 それはその後に続いた、真珠の言葉があったから。
「言っただろ? 俺は今、貴方のレストだ。主を殺すレストは、存在しない」
「真珠さん……」
 一度は真珠の生きる全てを奪った者。そしてもう一度、真珠の生きる全てを与えた者。
 ギイは嬉しそうに笑みを零した。そしてそれを見た真珠が僅かに表情を和らげたのだが……。
「くしゅんっ!」
「真珠さん!?」
「あ〜……久々に水責めにされたからなぁ……っくしゅっ! ずび」
 握っていたナイフを落として、自身の鼻の下を抑える真珠。冬でないとはいえ、幾度となく繰り返された水責めによって体温が下がっているのだろう。自然とくしゃみが連発する。
 タオルの一枚でも欲しい所だが、そんなものがこんな倉庫にあるとは思えない。辺りに代わりとなる物といえば、ギイが引き連れてきた男達によって捕らえられた者たちの衣服くらいだが、どれも血みどろで別の意味で濡れてしまうことになる。
 どうしたものかと考えていると、真珠のくしゃみから一言も発さないギイが気になり彼を見上げた。すると、ギイはきょとんとした表情で、しかも時が止まってしまったかのようにピタリと固まったまま真珠を見下ろしていた。
 自分のくしゃみがそんなに珍しかったのだろうか? それとも、くしゃみ等の失態に言葉も出ない程幻滅しているのだろうか?
 おそるおそる、真珠はギイの名を呼んでみる。
「ギイ……?」
「決めました」
 真珠がギイの様子を心配していると、ギイはニコリと、それも今までに見せたことのない程の満面の笑みを見せてこう言った。
「先ほど捕らえた輩は全員、水責めにしましょう。その上でウチの男どもに姦通させます。息絶え絶えになるのは必須ですね。喘ぐ間も与えません。上の口は水で溺れるので下の口は白濁で溺れさせましょうか。大腸だけでなく小腸もそれらで満たしましょう。孔という孔は全て塞ぎます。ああ、下の孔は男どもに拡張されますから、ザーメンが溢れ出てしまいますね。オーナーに言って店の極太ディルドーを拝借してストッパーにしましょうか。そうしましょう。真珠さんを水責めにしたあげくに、くしゃみまでさせたんです。となると、水責め白濁責めでは足りませんね。もっと……真珠さん? どうしました?」
「なんでもない」
 キラキラと輝かんばかりの満面の笑みでペラペラと喋るギイは普段のギイだったが、内容が内容だけにさすがの真珠も静かに目を逸らした。
 ギイはといえば、素で真珠が目を逸らした理由がわかっていない様子だったが、ブルリと震える様を見て、自身の羽織っていたコートを真珠の身体に被せてやる。
 そしてようやく、真珠がほっと安堵できる言葉を口にした。
「まぁ、あの時のように看病をするのも楽しいですが、このままだと風邪をこじらせます……帰りましょうか」
「うん」
 ギイは後始末の全てを組織の者たちに任せると、真珠と二人で「DOLL」へと戻り、アイルがいるだろう事務所をノックした。
 さぞや怒っているだろうアイルを思い、真珠は控えめに入室する。どんな理由であれ、持ち場を勝手に離れたのだ。それ相応の罰を、真珠は覚悟していた。
「只今戻りました」
「真珠っ……良かった。無事だったか!」
「オー、ナー?」
 しかし、事務所で待っていたのは、自身の姿を見て安堵するアイルの姿だった。額にはうっすらと汗をかいており、心底心配していたことが伺える。
 そして真珠に近寄ると、そのまま頭を下げ、腰を直角に折ったのだ。
「すまなかった」
 唐突の謝罪に、真珠は息を呑んだ。しかしアイルは頭を下げたまま、真珠に謝罪の言葉を続けた。
「先日の……ギイから連中に絡まれたことは知っていた。いくら強いといっても、あんな恰好をしたお前を一人にさせるべきじゃなかった。理由はどうあれ、従業員を危険な目に合わせたんだ。軽視した俺の責任だ。本当にすまない」
 まさかの展開に、真珠は激しく動揺した。オーナーから罰を受けるものだとばかり思っていたのに、それとは真逆の謝罪の言葉と姿勢が現れたのだから。どうしたらいいのかわからずに、真珠はその場で慌てふためいた。
「あ、頭を……上げて、ください。オーナー……お、俺はレスト、です。頭を下げられる、道理なんて……」
「レストであったとしても、お前は俺の店の者だ。従業員であるお前を守る義務がある」
「で、ですが……、オーナー……、俺……、俺は……」
 何を言ってもアイルは頭を上げようとしない。生まれて初めての謝罪に、真珠は困るばかりで次の言葉が続かない。おろおろと戸惑う中、自身の背後に立っているギイを見上げた。
 対するギイは、その様子を面白がってニコニコと微笑んでいるばかりだったが、ギイを見上げた真珠の上目遣いに負けて、代わりにアイルへと言葉を掛ける。
「オーナー。頭を上げてください」
「ギイ……」
「人間を平等に扱う精神は良いと思いますが、真珠さんを含めた証付きの彼らはそれが当り前ではないんです。頭を下げるのはそれくらいにしてください。でないと、真珠さんが困るばかりです」
「そうか……」
 ギイの説得でアイルがゆっくりと頭を上げると、真珠はほっと息をつく。「レスト」である自分をそこまで人間扱いするアイルに対し、ただ「甘い」という認識を持っていた真珠だったが、今までの男達とは全く異なる考え方をするこの人間に抱いていた認識が変わりつつあった。ギイやアイル、水鏡は真珠を人間扱いする。それが、真珠の中ではとても心地よいものとなりつつあった。
 ギイが貸してくれたコートの裾を握ると、ギイが真珠の肩を抱いて自身へと引き寄せた。
「それに、あれしきの連中相手に俺が惚れた真珠さんがやられるわけがありません。その証拠に、連中のほとんどは半殺しまでにやり込めていましたし」
「よく言うぜ。お前、真珠がいなくなったと知るや否や、組織を動かしやがって……」
「手持ちの駒を動かすことに、何か意見でも?」
「ケッ! なんでもねぇよ」
 ギイと交わされる会話から、アイルはギイの正体を知っていたのだろう。いや、知らなかったのは自分だけで、他の者は全てを知っていたのかもしれない。
 しかしそうなると、真珠とギイがここで出会ったのは、偶然ではないということがはっきりとわかる。
「それよりも……」
 と、ここでギイが会話を区切る。
「もう真珠さんを部屋に戻しても良いでしょうか? シャワーを浴びねば風邪を引きます」
「水責め程度なら、俺は平……もが」
「ああ、勿論だ。ゆっくり休んでくれ」
「ありがとうございます。それでは行きましょうか、真珠さん」
「もがもが」
 なぜか口を塞がれ引きずられる真珠。ニコニコと笑顔のギイと共にずるずると事務所を退室した真珠は、彼の手の中でもがもがと口を動かし続けるのだった。

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