Order Made
ML/リクエスト企画/短編集
春に恋した人。 距離
四月の陽気に浮かれるように、俺の気持ちも晴れやかだった。
「倉橋、契約取れたあ!」
会社の車の運転席に居る、同僚の倉橋栄一に俺は満面の笑みを向けながら車に向かった。
「おめでとう、工藤。で? 十一時半だがこのまま会社に戻るか、それとも飯食いに行くか?」
車に乗り込んでシートベルトを締める俺に倉橋は問い掛けた。
「飯! んで、そのまま営業! 次はもう契約取れてる所だから、お前の番な」
俺と倉橋はコーヒー豆からサーバー、その他コーヒー関連の機器を会社向けから一般向けまで幅広く製造&販売している珈琲メーカー会社[メローカフェ]本社に勤務している。
“mellow”は“芳醇な”と言う意味で、『芳醇な香りをあなたに』が会社のコンセプトらしい。低コストで提供するのをモットーに製品開発や企画などをしている。
俺の所属は第一営業部で、今年でやっと入社一年目を迎えた。
この間まで先輩に着いて回っていたけど、今月からは同期の倉橋と組んで企業向けの珈琲サーバーを販売している。
先輩達からすると俺は『社交的でアポイントを取るまでは良いが頭の弱さが滲み出て信頼性に欠ける為、契約に辿り着くまでが困難』と言われた。
逆に倉橋は『人見知りが際立ってアポイントを取るのは難しいが、商品説明には長けている』と言われていた。
だからお互いを補いながら技を盗めって事で組まされたんだけど、正直タイプが違うから、早々に上手くいかないのが現状だった。
その証拠にアポイントを取りに行く時は大抵一人。契約の時は倉橋一人だと大変だろうから一緒には居るが、粗相がない限りは倉橋に任せっきりだ。
「何食べたい?」
「蕎麦! 俺、あんま持ち合わせないもん」
「またかよ……」
俺と組んでから毎日立ち食い蕎麦で、流石に飽きた倉橋は呆れた声を出した。
「奢ってやるから、たまには腹に溜まるもん食わせろ」
「マジ!? やったぁ! んじゃあ、肉食いたい!!」
「ファミレスな」
倉橋はうんざりした顔でそう言って車を発進させた。
「こちらの席へどうぞ〜」
若い女性のウエイトレスに案内された席に俺達二人は一瞬たじろいだ。
今は昼時で込み合う時間なのは解っているが、流石にこれはない。
たまたま空いた席でウエイトレスに悪意はないんだろうけど、男二人がカップル席ってどうなんだ……。
「突っ立ってても仕方がないだろう」
文句を言った所でどうにもならないからか、倉橋は奥に詰めると俺を見上げた。その言葉に俺も倉橋の隣に座るけど二人用にしては狭く、肩がぶつかりそうになる。
席に置いてあるメニュー表を見て注文を済ませ、料理が来るまでの間、俺と倉橋は次の仕事先の話をして時間を潰した。
「お待たせしました〜」
先程のウエイトレスが料理を運んできてくれて倉橋の前には和風ハンバーグディッシュ、俺の前にはスパゲティハンバーグがそれぞれ並んだ。
「戴きまーっす!」
コンビニ弁当以外の肉料理は久し振りで、俺は勢い良くがっついた。ファミレスのチェーン店と言えどハンバーグ専門店なだけあって、やはり味は旨いと感じる。
「がっつき過ぎ。食い方汚ねえな」
「へ?」
スパゲティを平らげ、後二口のハンバーグだけが残った状態の俺に倉橋は話掛けてきた。
がっついてんのは認めるが、別に周りにミートソースを飛ばしている訳じゃないんだから「汚い」呼ばわりされる覚えは無かった。
「あーあ、子供かよ」
言いながら倉橋は紙ナプキンで俺の口の周りを拭いた。
俺は驚いて目を丸くするが、そんなのお構い無しに倉橋は左手で顎の下を固定すると、丁寧に拭き出した。
顎を掴まれて顔を上に向かせられて、嫌でも倉橋の顔が視界に入る。
普段なら男の顔をそんなマジマジと観る事はないし、倉橋は銀縁の眼鏡を掛けているから今まで気付かなかったけど、意外と整った顔をしているんだと今更ながらに知った。
倉橋は見るからにインテリ系で、白い肌と筋の通った鼻梁が黒髪と切れ長の黒眼を引き立たせていて、嫌でも真面目に写る。
茶髪で童顔な俺とは正反対だ。
「取れたな」
ふいに今まで俺の口許に有った視線が俺の瞳へと移され、倉橋の顔を観ていた俺は必然と目が合った。
「顔、変だな」
「は?!」
「あっ、間違えた。変な顔すんなよ、だ」
何だ!? こいつ!
言い直されたとしても腹の虫は収まらず、倉橋を睨んだ。
「悪かったって。ハンバーグやるから機嫌直せよ」
そう言うと、残っていたハンバーグの一切れを口の中に放り込まれる。
「旨いか?」
「旨い」
大根おろしとポン酢味のハンバーグはあっさりとしていて、ミートソースとはまた違った旨さがあった。が、これですぐ機嫌が直る筈がない。
「そうか、それは良かった。俺にもくれ」
「あっ!」
ひょいっと一切れ箸で持ってかれた。
「もう一個あるんだから良いだろう?」
「お前なぁ」
確かにハンバーグはもう一切れあるけど、それじゃあ詫びの意味がない。言いたい事は山程あったけど、それよりもその顔で悪戯に笑うから視線がそっちの方にいってしまう。珍しく笑うから釘付けになってるんだ、きっと。
倉橋から眼が離せなくて、気付けば俺の心拍数は上がっていた。変な動悸に見舞われながら、俺は最後の一切れを黙って頬張るしかなかった。