Order Made
ML/リクエスト企画/短編集
春に恋した人。 春風
此処数日間、倉橋と営業回りを集中的にしていた俺は今度はそれを書面で提出する為に今日はディスクワークをしていた。
「んーと、“……の商品について”っと」
無言で考えながら別の事が出来ない俺は、流石に毎回じゃないにしろ、時々思っている事を口に出す癖が有った。 特にPCを使っている時は頻繁かも。
「工藤、煩い」
「わりい、慣れて」
隣で同じくディスクワークをしていた倉橋に注意されるが、気に止める事なく俺はまた声を出していた。
「あのな……」
倉橋が小言を言い掛けた時、天気が良いからと開けていた窓から勢い良く強い風が吹き込んで来た。
「おわっ!」
机の上に在った色んな資料は風に煽られて舞い上がり、隣の倉橋の方へと大量に流れ込んでしまった。
「うわあ……」
「呆けてないで早く片付けろ」
余りの凄さに何も出来ず眺めていた俺に倉橋は溜息混じりに発する。
「春一番かなあ」
年月によって気象が違うのか今年は春の訪れが遅く、四月中旬だと言うのにやっと桜が咲き始めたばかりで、この強風も春が訪れた事を報せている様だった。
取り敢えず先に床に散らばった書類から拾おうと屈み掛けた俺に倉橋は悠々と椅子に座ったまま、右手で俺の腕を掴んだ。 前屈みになっている体勢の俺の右耳に倉橋は構わず話掛ける。
「工藤、珈琲奢れな」
「は?」
咄嗟に倉橋の方を向いてしまい、只でさえ近い距離を余計に縮めてしまった俺の目の前に、また倉橋の整った顔が現れた。 言い様のない動悸がまた始まる。
「ヤダよ、勿体ない」
早まる鼓動を悟られない様にするのが精一杯なのに、倉橋は表情を変えないまま眼を逸らさずに言ってくる。
「なら、手伝わない」
「お前なあ」
呆れた声を態と出して、俺は距離を空けるために曲げていた膝を伸ばして一歩下がった。それにより掴まれていた手は自然と離れ、俺は内心胸を撫で下ろした。
「わあったよ、買って来てやるよ。その代わり資料宜しくな」
散乱した書類は倉橋に任せ、俺は自動販売機がある廊下へと向かった。
「たくっ」
動揺を隠すために態と溜息を吐いて、自動販売機の珈琲のボタンを押した。
この間の件で倉橋と至近距離になるのは慣れたがやはり心臓には悪く、銀縁眼鏡の奥に在る少し鋭い切れ長の瞳とぶつかると体が硬直した。
実は俺、倉橋のこと苦手なのかなあ。
紙コップに珈琲が注がれている間、俺はぼんやりとそんな事を考えていた。
「終了したぞ」
急に後ろから声を掛けられ、振り向くと自動販売機の前に設置されているソファで寛ぐ直属の上司がいた。
「近衛部長」
「何か遇ったか?」
「へ?」
「顔にいつもの元気がないぞ」
「そですか?」
何の事かと、俺は両手で自分の顔に触れた。
「何も変わってないですよ」
「自覚ナシか。まあ、ストレスだけは溜めるなよ」
部長は立ち上がると俺の近くまで来て頭をポンポンと軽く二回叩き、飲み終わった紙コップを備え付けのゴミ箱に捨てて持ち場へと戻った。
「工藤!」
部長と擦れ違いに倉橋が現れた。
「何?」
「遅い」
「へ?」
そんなに時間経ったっけ?
不思議顔で突っ立ったままの俺に倉橋は近付き、釣られてなのか倉橋まで不思議な顔を見せた。
「工藤、大丈夫か?」
俺より十センチも背の高い倉橋の顔を見上げると、いぶかしんだ表情で見下ろされる。
倉橋は自分の額と俺の額にそれぞれの手を当てて熱を計り出した。
これで解るもん?
疑問を抱きながら熱を計る倉橋を俺は見詰めていた。 額に触れる倉橋の手はひんやりとしていて心地好く、何とも倉橋らしく感じた。
「俺よりはあるが、熱はないな」
安心した様に額から手を外すと倉橋は瞳を細めて微笑んだ。
「工藤は平熱高いな」
「そ? 三十六度ちょいなら普通だろ」
「俺はもっと低い」
その言葉に誘われる様に俺は今しがた触れていた倉橋の左手に手を伸ばした。
「冷え性?」
「かもな」
倉橋の手は肉付きが少なく、指先が長くて骨張っていて……俺とは全然違う。
「さっき、部長と何話してたんだ?」
「へ?」
指先に視線を落としていた俺は唐突な質問に顔を上げた。
「別に、“元気ない”って言われただけだけど」
「それだけか?」
瞳を細めて真剣な眼差しで見詰められるけど、俺には一体倉橋が何を聞きたいのか解らない。
「あっ、珈琲!」
自動販売機の中に放置したままの紙コップを思い出し、俺は掴んでいた倉橋の手を放して慌てて珈琲を取り出した。 もう一つ珈琲を買うと、俺と倉橋は所属の部署へと戻った。
「おっ 片付いてる」
「今後、整理整頓しろよ」
先程散らばった資料は倉橋が全部整えて机の上に置いてくれていて、ついでだからか、飛ばされていない物まで整理されていた。
問題の窓は閉められていて、それを確認した俺は安心して自分の席に座った。
「有り難うな」
「珈琲と交換だからな」
そう言いながら倉橋は今しがた買って来た珈琲を上に挙げて見せた。
「誰だ? 天気良いのに窓閉めた奴」
窓の前に設置されているディスクに座っていた近衛部長は、そう言うと勢い良く俺側の窓を開けた。
俺の席は一番左側の窓際の席で否応なしに被害を受ける場所だった。
案の定近衛部長が開けた瞬間、第二の春一番が吹き込み、せっかく整理された書類は俺の目の前を舞った。
「部長っ!」
「あははは!」
「馬鹿が」
豪快に笑う部長を横目に倉橋に助け船を求めるが…… 。
「倉橋……」
「貸し二な」
と、この間の事を含めて言われた。
貸しを返す日は、いつになるのやら……。