蓮名文庫
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ML/リクエスト企画/短編集




春に恋した人。 行方




 緩やかな四月の陽気にうたた寝しそうな昼休みを終えて作業を再開しようとした時、俺はあることに気付いて慌て出した。
「やばいっ!」
「何だ?」
 突然大声を出した俺に隣にいた倉橋は不思議な顔をしながら問い掛けて来た。
「鍵無くした!」
「は?」
 “何を言い出すんだ”とばかりに眉間を寄せる倉橋に俺は一生懸命訴える。
「昼前は有ったんだけど、入れた筈のポケットに無いんだよ」
「取り出したのか?」
「解んない……でも無いんだ」
 どう言う経緯で今に至るのか俺が知りたいくらいで、情けない返答をした俺に倉橋は深い溜息を吐いた。
「整理整頓が出来て無いからだろ」
 もっともだけど倉橋の冷たさに腹が立つ。
「俺、探して来る」
「何処に?」
「コンビニ!」
 落とすとしたら財布を取り出した時だと思って、俺は会社近くのコンビニへ向かおうとした。
「俺も行こう」
「へ?」
 思い掛けない言葉に俺は倉橋の顔を振り返った。
「工藤一人では不安だからな」
 どう言う意味だよ!
 返って来た言葉はやはり冷たく、俺は何も言わずに目的地へと向かった。が、会計をしてくれた店員に話を聞いても鍵は落ちていなかったらしく、俺は深く肩を落とした。
「ここの他に何処か行かなかったのか?」
落胆する俺に倉橋は構わず問い掛けて来る。
「別に……」
 “ない”と言い掛けたところで俺は、今日は天気が良いからとコンビニより更に先に行った市の中央公園で桜を観ながら弁当を食べたことを思い出した。
「何で忘れられるんだ……」
 ほとほと呆れたとばかりに倉橋は固く瞳を瞑って眼鏡の縁を持ち上げた。
「仕様が無いだろ。慌てたんだよっ」
 バツが悪い俺は倉橋の顔を見ずに逆方向を向くが、倉橋は構わずコンビニの前で右往左往している俺の右手を掴むと有無を言わさず公園へと引っ張りだした。
「早く見付けないとな」
 引き摺られる様に目の前を歩く倉橋の背中に自然と眼が行ってしまう。
 冷たいんだか優しいんだか良く解らない奴だなと思いながら、腹が立つことは有っても嫌いになれないのはこう言う所があるからかもしれない。
「で? 何処にいたんだ?」
 公園に着くと倉橋は俺の手を握ったまま目的地へと急かした。
「あそこ」
左手で指差した場所は染井吉野の真下にあるベンチだった。
「ご飯食ってた時に猫が来て、食べ終わるまで向かいの桜の木に居たから触りに行ったんだよ」
「それで?」
「んで、座り込んでたんだけど、そん時に落としたんかなあ?」
 自分がしたことは思い出せても、その時に何が起こったのか眼にしていなければ解るものも解らず、倉橋と一緒にベンチ周辺を探したてみたが何も見付からなかった。
「工藤、そろそろ戻らないとまずい」
「そんな時間?」
 気が付けば一時間近く探していたらしく、流石に勤務中に長い時間穴を空ける訳には行かず、俺と倉橋は自社に戻ることにした。
「大丈夫か?」
「ああ、大家に言って合鍵を造って貰うよ」
 今日は水曜日。
 NO残業デーだから仕事終わりに連絡をしても間に合う。
 探し物が見付からないのはすっきりしないが、いつまでも探せないのが現状で引き際も肝心だった。
 俺は落ち着かない気持ちを宥めながら倉橋と共に自社へと戻った。
「あっ!」
 自社の玄関先に着いた頃、俺は今の今まで忘れていた大事なことを思い出した。
「どうした?」
「今日、大家いないんだった……」
「は?」
 先週の金曜日、燃えるゴミを出した時にたまたま鉢合わせた大家に言われた言葉を復唱した。
「今日、娘さんの結婚式で沖縄に行って来週の日曜日に帰って来るって……」
「随分長いな」
「旅行がてらゆっくりして来るって言ってた……」
「五日間もどうするんだ?」
「やばい……どうしよう……」
 一日なら何とか出来るものの、五日間も何処かに身を寄せるのは流石に無理で、俺は愕然と不安を口にした。
「仕方がないな。俺の部屋に来るか?」
 殆ど同情だったと思う。 だけど俺には天の声で悩みなんか吹き飛んだ。
「マジか?!」
「ああ」
 優しく返答する倉橋に俺は今までに無い程の感謝を胸に抱く……が、どうしてこの男は美談のままで終わらせてくれないのか……。
「くくっ、あはは!」
 人が真剣に悩んで本気で喜んでいるのに横から人を馬鹿にした様な笑い声が聞こえて来た。
「何だよ」
「いや、余りに素直過ぎて貴重だなと」
 普通なら誉め言葉の筈なのに、どうしてこの男の言い方はこんなに勘に障るのか。
「冗談かよ」
「いや、嘘じゃない。工藤が部屋に戻れるまで好きなだけ居れば良い」
「本当に?」
「ああ」
 笑われたのが腹立たしくて俺は何度も確認した。だけど返って来るのは優しい笑顔ばかりで、何だか調子が狂う。
 倉橋がこんなに笑うのも初めてだからかもしれない。
 プライベートは知らないが、声を出して笑うのも優しく微笑むのもこんなにはっきりと観たのは初めてで、物珍しさからか何だか不思議な気分にさせられた。
 鍵が見付からないのは気掛かりだけど、倉橋のプライベートを覗けるのはそれはそれで面白いかもしれない。
 別の楽しみを見出だした俺は意気揚々と自分の持ち場へと戻った。
「工藤! 倉橋! 何処に行ってたんだ?!」
「部長っ」
 席に着くなり近衛部長が近付いて来た。一応、外回りのフリをして出ていったけど、バレていたのかと内心ひやりとした。
 客が絡む仕事以外は大分適当で自分達で責任が持てる範囲なら放置する部長だけど、その反面、勘が鋭くいざと言う時は妥協がなくて徹底している。
 抜け出した理由が個人的過ぎて、どう返答したら良いのか俺は迷っていた。
「部長、鍵を見掛けませんでしたか?」
「鍵?」
 人が悩んでいるにも関わらず、倉橋はあっさりと事実を告げる。
「これの事か?」
「へ?!」
 居たたまれなくなっていた俺だったが、部長の言葉に俺は勢い良く飛び付いた。
「あったあ!」
「お? 工藤のか」
 地獄に仏とはまさにこの事で俺は大喜びした。 そんな俺を余所に倉橋は悠長に事実確認をし出す。
「何処にあったんですか?」
「ん? 自動販売機の前だが」
 一安心して二人の会話など殆ど聞いていない俺の耳に、倉橋は低い声を響かせる。
「工藤……」
「へ?」
「見当違いも甚だしい」
  はい……ごもっともです。
「わ、わりい」
「これぞ正しく“灯台もと暗し”! あっははは!」
 倉橋を煽るように大笑いをする部長を横目に、俺は倉橋の顔へと恐る恐る視線を向けた。
「それより部長、そろそろ十五時になりますよ」
「おっ早いな、もうそんな時間か。俺は会議でいなくなるが、二人共手え抜くなよ」
 後ろ手でヒラヒラと手を振りながらドアへと向かう部長を倉橋と見送りながら一息吐いていると、未だお怒りであろう倉橋に名前を呼ばれた。
「工藤」
再び魚籠ついて視線だけを動かして倉橋を見やると、倉橋は意外にも穏やかな表情をしていた。
「見付かって何より」
 薄く笑みを浮かべる倉橋を俺は凝視した。
「ありがとう……な」
「ああ」
 何だかいつもより毒気のない倉橋に俺は調子を狂われそうだ。
「泊まりは保留だな」
「そだなっ」
「その時に今までの貸しを返して貰うからな」
「う……」
 悪戯に笑う倉橋に俺は尻込みをするものの、勿体無い事をした様な感覚に陥るのはどうしてだろう。
 まして、行ったら行ったで貸しを返さなければならないのに、行きたい気持ちになるのはきっと肩透かしを食らったからだ。
 たかだか保留の話をしているだけなのに俺は終始落ち着かなかった。

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