久多良木文庫
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ML/近親相姦/サークル企画




知りたいと思う理由




 鷹見からの恋愛(?)指南はカッツェに更なる学習への意欲を滾らせた。
 “本気”とは何かを知るために模索するカッツェは弟の一人である、はーのもとを訪れていた。
「え? “本気”が何かって?」
「はい。どういう意味ですか?」
 勉学専用の部屋で向かい合わせに正座をする二人の姿はどこか、シュールに映る。
 はーは池仲家一勉強熱心な受験生で当作者曰く池仲家の良心である。とても真面目で賢いのだが鬼畜眼鏡である月を尊敬しており何故か、自分も鬼畜になるべくやはり勉強を欠かさない。好んで着ているベストはそんな、はーの性質を表しているようにも見える。
 はーはカッツェからドイツ語を教えてもらい、カッツェもまた、はーから日本語に限らず色んな科目を教わっている。普段からリィとぱとの家庭教師をしている、はーの説明は小さい子が理解できるよう巧く噛み砕いているためカッツェも難なくついていけるのである。そういう理由もあってカッツェは生徒として先生である、はーに乞うのであった。
「それで、“本気になる”というのが僕には分からなくて──」
「“本気になる”……んー」
 腕を組み眉間に皺を寄せる、はーは暫し唸る。
 はーはカッツェの話からどういった流れでその疑問が生まれ、その“本気”が示す意味を即座に理解し、わかりやすくもちゃんと伝わるよう頭の中で言葉を砕く。
「鷹兄の言う『本気になってみろ』っていうのは多分、本気で好きになるってことなんだと思う」
「『本気で好き』?」
「うん。特別──ってことかなあ」
「『特別』……ですか?」
「うん」
「それは、好きとは違いますか?」
「違わなくはないけど……ちょっと違うかな」
 曖昧なはーの答えにカッツェは首を傾げた。
「沢山ある好きの中で、それ以上に、たった一つだけとても大好きなものが“特別”なんだ」
「たった一つだけ……」
「例えば──恋人とか」
(恋人……?)
 今までそう呼べる人がカッツェにはなかった。だから恋人という存在がどんなものであるか実際には分からない。何せ自分は飼われていた身、尻尾を振って御主人様に従順忠実であっただけだ。
 池仲家では既に数組のカップルがいる。無論それは、兄弟愛を超えた恋愛情事を有していた。昼夜問わず寄り添い、愛を乞い、深い夜には情事に耽る。あれが恋人というものなのかとカッツェは思考を巡らせたが自分と、どう違うかまではやはり分からずじまいだ。
 はーと別れてカッツェは次に、あおいと椎奈に助言を求めた。いや、助言というよりカッツェは答えを求めていたのだ。計算式に答えがあるように、読めない漢字は辞典で解読できるように、問題には必ず答えがある──なければならないという既成概念に囚われていた。
「特別、か」
 ぽつりと呟くのはあおいだ。
 あおいと椎奈が並んで座る真向かいに三つのカップが乗るダイニングテーブルを挟んで座るカッツェは、二人に“特別”とは何かを問うていた。
 説明のしように困惑するあおいに対して椎奈は以前より、気掛かりだったことを口にする。
「カツ兄は、僕たちのことをどう思ってる? 家族だって思ってる?」
 椎奈の問い掛けには好きと認識している相手を飼い主だとするカッツェの心に、自分達はどんな形で存在しているのかを口にさせて家族としてその気持ちを知りたいという思いが込められていた。
 カッツェは目を伏せて笑みを浮かべる。
「僕には、家族がどんなものかわかりません。だから、優しくされたり優しくしたり、これが家族なのかなって思えて、嬉しいです」
 カッツェの語り口は酷く柔和であった。笑顔でも抑揚含まなかった声が恐らく初めて、家族を前にして感情を滲ませた。
 幼くして天涯孤独となり浮浪児として様々な経験をし、幾多の男に飼われ続けてきた日々。笑顔で当然に語るその裏側を、あおいと椎奈は垣間見た気がした。
 心なしかカッツェの目が遠くを見ているようで気に留まったあおいが口を吐く。
「カッツェ君は、誰か気になる人でもいるのかな?」
「え?」
「僕たち家族に対する気持ちとは、違う気持ちを抱いてる相手がいるんじゃない?」
 自ずとカッツェの脳裏にぼんやりとした影が浮かんだ。それは徐々に人の形を成していき、後姿でも誰かを認識できるほどカッツェの心に棲みついている。しかし何故彼が見えるのか、今のカッツェはその理由を知る術を持っていない。
「わかりません……」
 そうしてまたカッツェは視線を落として手許のマグカップに静寂するコーヒーを見つめる。
「どうしてカツ兄は“特別”を知りたいの?」
 カッツェはゆっくりと視線を上げる。何か思うところがあるのだろうと悟って椎奈は、突き詰めるような質問をし始める。
「“特別”の意味だけを知りたい? “特別”に好きって気持ちがどんなか知りたい? じゃあ、どうしてそれを知りたくなったの?」
 どうして──始まりは鷹見の言葉だ。だからカッツェは知ろうと努力している。だがそうまでして知りたいのは何故か……考えれば考えるほどカッツェは深みに嵌り、ぐるぐると同じ当てのない迷路を彷徨う。
「カッツェ君。気持ちっていうのはね、必ずしも口で説明できるほど簡単じゃないんだ。その人にしか分からないものなんだよ。だから今、椎奈君の言ったことの意味が分かったら、カッツェ君だけの“特別”が分かると思うよ」
 あおいと椎奈はカッツェのために、今のカッツェに相応しい答えをした。自分の中にしか生まれない答えは自分で見出すことに意味があるからだ。今は難しくても、どんなに悩んでも、その分きっと報われると。
 仄暗い自室でカッツェは開いた電子辞書の画面をじっと見据える。
 特別とは、普通一般と違うこと。特に区別されるもの。格別。
(特別な感情……)
 意味は分かっても知らない感情
 欲の捌け口ならカッツェは誰でも良かった。ただ身体を重ねるだけなら何も拘る必要などない、適当な男を誘ってしまえば済む話だ。
(どうして僕は……)
 何故そうまでして鷹見を欲するのか、カッツェは自分が分からなくなっていた。「本気になってみろ」と言った鷹見の言葉を知りたくて躍起になり、それが特別な感情を意味するとまでは知れたが、だからと言って自分の中にその感情があるかまでは知れない。考えたこともないのだ。自分が相手と対等になるなどカッツェの中では有り得ないことだった。与える愛情も与えられる愛情も知らないカッツェには好きというのがどれほどの思いか、どんなものかも知れない。
(僕は、鷹見兄さんをどう思っているんだろう……?)
 既に芽生えている答えを、愛とは無縁に生きてきたカッツェには見えずにいた。

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