久多良木文庫
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ML/近親相姦/サークル企画




同情と優しさ




 食事が並び始めた三卓ある特注のダイニングテーブルを兄弟全員で囲む、池仲家の早朝のリビングはとてつもなく騒がしい。しかし兄弟全員とはいってもも長兄の麿は出稼ぎからまだ帰っておらず、麿の双子の弟である次兄の鷹見はホスト疲れでギリギリまで起きてこないか起こさない仕様なので不在である。
 飛び抜けて体格の大きい二人がいないとスッキリして見えなくもないがもう一人、ビッグサイズが足りないことにリビングを見渡すはーが気付いた。
「ねえ、カツ兄は?」
「今日はまだ見てへんな」
 月が尋ねるようにして、あおいへと視線を移す。
「まだ寝てるのかな?」
「そういえば、いつもは朝食ができる随分前には起きてくるよね。手伝ってくれるし」
 すかさず椎奈は指摘し、あおいと共に壁に掛けられている時計を見遣った。
「呼んでこようか?」
「いいよ、はー君。僕が見てくるから」
 気遣うはーをやんわりと制止してあおいはエプロンを外すと、椎奈に後を任せてカッツェの部屋へと向かった。
 尋常ではないだだっ広さを誇る池仲家の下階は、リビングや家庭教師はーが教鞭を執る勉強会室などの大部屋と大浴場、兄弟それぞれの部屋は全て上階であった。
 あおいはカッツェの部屋の前に辿り着くとノックをしつつ、室内を窺うようにドアに耳を傾ける。
「カッツェ君? あおいだけど……入るよ?」
 念のためもう一度ノックをして声を掛けるあおいはドアノブを捻ると、施錠されていない部屋へと踏み入った。
 廊下から差し込む光が真っ暗な室内を浮き彫りにする。
 壁にはカレンダーやポスターの類はなく真っ白で家具も部屋を用意した時のまま──というより、ベッド以外に目立つものはなく余分な物が一切ない妙に殺風景な部屋に、あおいは寂しさと冷ややかな印象を受けた。
 壁と同じく真っ白なクイーンサイズのベッド上にはベッドボードに寄り掛かるようにして、重ねた四つのフェザーピローに肩から頭を沈めて眠るカッツェの姿があった。衣服を着用しておらず膚の白い筋肉で張った胸と長い腕がシーツから覗いている。
(寝てる……けど、なんか辛そうだな)
 薄暗くても色白の頬の紅潮は目立つ。
 あおいは上に見えているカッツェの、首の斜め前辺りと額に手を添えた。
 発熱の状態を見るには頸部と、普段は首と温度差のある額を比べると大体の体温が測れるため、兄弟らの体調管理にも気を配るあおいの行動は迅速且つ正確だ。
「すごい熱……!」
「あお兄?」
「椎奈君、水枕を用意して! 僕は鷹兄からパジャマを借りてくるから!」
「わかった!」
 様子を見にカッツェの部屋へ上がってきた椎奈はあおいの指示で、即座に状況を把握して急ぎ階段を駆け下りる。
 ばたばたと騒がしくなる二階の様子にちょうど欠伸を引き連れて顔を出した鷹見はあおいの突撃を喰らい、いまだ寝惚けている状態の中で事情説明半分押し込み強盗よろしく、怪訝な顔をしつつも一着の寝衣を手にカッツェの元へ引き返すあおいの後に続いた。
 カッツェの容体を心配する兄弟らを送り出したあおいと椎奈は時折、様子を見に交互にカッツェの部屋へ赴きながら掃除や洗濯を片付けていた。鷹見もまた寝込んでしまったカッツェの様子が気掛かりであったがどうにも素直に行けず、てんてこまいの主夫二人に代わってリィとぱとの迎えに出たり、最近ではカッツェの役割にもなっている子守をして過ごしていた。
「じゃあ、鷹兄。僕たちが帰るまで、カッツェ君とリィたちのこと頼むよ」
「もう少ししたら、カツ兄の身体を拭いて服を着替えさせてあげて。水枕の交換もね」
「ん、わかった」
 今日は買い足すものが多いからと一先ずを鷹見に任せて、あおいと椎奈は家を出た。
 絶望的に不器用で家事全般が壊滅的なことを除けば、いつもさり気なく抜け目なく弟達をフォローする鷹見の存在は偉大で、こういった緊急事態でも安心して任せられる。
 本を読み聞かせている最中に眠ってしまった、ぱとに釣られるようにリィも眠ってしまい鷹見は二人に風邪を引かせないよう、ブランケットを掛けてからカッツェの部屋を訪れた。
(随分とまあ、殺風景だな)
 見渡す部屋は必要最低限の家具しかなく全くと言っていいほど生活感がない。シルク生地の黒の寝衣を纏ったベッドに横たわるカッツェの姿が鷹見には逆に違和感を覚えさせて、白で統一された部屋が暗がりに呑み込まれているようにも見えて不気味に思えた。
 鷹見は持ち込んだ蒸しタオルと換えの水枕をサイドテーブルの上、既に用意されている着替え用の寝衣の脇に置く。
 寝衣は二着とも鷹見が熟年の常連客からガウンとセットでプレゼントされたものであったが一度も袖を通さないまま、タンスの底に沈んでいて真っ新な状態であった。血筋の違いから手足の長さに多少の差はあれど鷹見とカッツェの身長の差はそれほどなく、全体的に見ると鷹見の方が大きく感じられる体格ではあるため寝衣のようなものであればサイズの心配はない。あおいもそれを承知の上で鷹見から──麿に関してはデフォルト装備が全裸なため選択肢として最初(はな)から有り得ない──拝借したのであった。
「さて、と──ん?」
 気を取り直してベッドサイドに座る鷹見は灯したテーブルランプで開けた視界に、シーツから僅かに覗くそれを捉えた。
 訝しむ鷹見がそっとシーツを捲ってみるとそれは、カッツェの腕にしっかりと抱かれている。
「随分ボロボロのテディベアだな。古いのか?」
 鷹見がカッツェを起こさないよう気を付けながら取り出したぬいぐるみは、あちらこちら糸が解れていたり目がなかったりと酷い状態で全体的に汚れてもいた。
 これだけボロボロになるまで持ち続けて──とても大事なものなのだろうと鷹見はカッツェを見遣ると、大きな身体で小さなぬいぐるみを抱える姿が微笑ましくて軽くその頭を撫でた。
 水枕の交換を後に回して先に身体を拭いて着替えさせてしまおうと鷹見は、ボタンを外した寝衣を脱がそうとカッツェの上肢を抱き起こす。
「よっと──重っ」
 自分とそれほど差のない体格を支えるのは結構な力仕事でまして、カッツェは寝入っていてその分の重みも圧し掛かってくる上にマットレスが柔らかく、平均値を優に超えた図体である二人分の体重がかかると深く沈み込んでしまってバランスを取り難い。
 動くたびにぎしぎしと軋むベッドで危ういながらも鷹見はどうにか、カッツェの片腕から寝衣の袖を外し同時に、露わになった背中へと手を触れる。
(傷か……聞いちゃいたけど、ここまで酷いとはな)
 触れている背の広範囲に亘って残る傷に鷹見は、それらを付けただろう見知らぬ下種な男のエゴイズムに嫌悪して顔を歪めた。
 鷹見はカッツェの身体を横たえてもう一方の腕から服を取り去ると、うっすらと滲む汗を蒸しタオルで肩から指先にかけて皮膚を傷めないよう丁寧に拭っていく。
 注視するカッツェの白い膚には煙草による火傷の痕や、一目で修復したと解る傷痕が数箇所見受けられ、鷹見は謂い知れぬ感情を覚えた。
「どう見てもこいつは、『教わった』ってレベルじゃねえだろう……」
 明らかな虐待でしかない痕跡はそれだけでカッツェが、どんな扱いを受けてきたのかを如実に物語っていた。
 顔を背ける鷹見は一呼吸置いて気を落ち着かせる。怒りの矛先がなければ発散もできず溜め込むだけ息苦しくなる。だが湧き上がる感情が抑えようのないことも鷹見は嫌というほど知り過ぎていた。
 兄弟それぞれが池仲家に来るまでの過去を持っている。良いことも悪いことも含めて様々だ。その中で少しでも寂しさや辛さがあるのなら消せなくてもせめて、違う形で埋めてやれたらいいと鷹見は常に思っているのだ。
 カッツェの上肢を洗い終わって鷹見は下肢へも手を掛けようとしたが暫し、考えると気が引けてしまい止めておいた。
 その間、約数秒。
(しかし、本当に起きねえなあ……ちゃんと息してんのか?)
 カッツェの片腕に新しい寝衣の袖を通して反対側にも渡そうと、カッツェの上肢を持ち上げる鷹見はふとした疑念に至近距離の寝顔を覗き込んでその呼吸を確かめる。
 病人とは思えないくらい、すやすやと微かな寝息を立てて気持ちよさそうに眠っているカッツェを見て安堵しつつ、鷹見はふっと笑った。
 鷹見は再びカッツェの身体を慎重に横たえて着替えさせた寝衣のボタンを全て留め終えると一息吐く。
「やっと終わった……あ?」
 跨っていたカッツェの身体の上から鷹見が退けようとした矢庭──視界の隅にぬうっと伸びる腕を捉えた。
「どわっ?!」
 なんだと振り向いた時すでに遅く。
 鷹見の視界はぐるりと半回転し、気付けばベッドの上に転がされていた。
「ってえ……! 何し──」
 抗議空しく自身の身体をホールドする男は絶賛熟睡中。
 鷹見は呆れて息を吐く。
「ったく──あ?」
 鷹見は自身の身体を抑え込むカッツェの腕を退けようとした──が、びくともしない。
(おいおい冗談だろ?! びくともしねえぞ──って、ガタイ通りの腕力かよ!)
 身体は大きくも普段のカッツェの態度からは想像もつかない力に鷹見は阻まれる。
 覚醒状態の鷹見は普段からトレーニングをして鍛えていて、それなりに腕力には自信がある。にも関わらず体調不良の上に寝入っている奴の果たしてどこからそんな馬鹿力が出るのか、うんともすんともカッツェは銅像のごとくびくともしやがらない。
(有り得ねえ! 寝ててこれかよ! っていうか普通起きんだろ!)
 押しても引いても逆転しそうにない形成に藻掻き続けた鷹見は結果、ぐったりと疲れ果ててしまった。
「ぬいぐるみか? 俺は」
 鷹見はベッドの下へ除けたテディベアを思い出すが数倍はでかい図体のしかも、男の自分が身代りなんて馬鹿にしてんのかと失礼な輩の顔を睨む。
(やることはぶっ飛んでんのに、寝顔はぱとやリィと変わんねえな……)
 起きる気配もなく安心し切っている無防備な寝顔。自分をぬいぐるみと間違えるほど恋しいのか、本当はひと肌に飢えているのか……定かではないが愛おしく思えて鷹見は、そっとカッツェの頬に触れる。
(仕事まで時間も余裕であるしな……仕方ねえ。付き合ってやるか)
 腕に巻いてある時計を確認してすっかり諦めた鷹見は足元のシーツを器用に引き寄せると、どうにか身体を捩って向かい合わせになったカッツェに「早く良くなれよ」と声をかけた。

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