久多良木文庫
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Lovers Tale

BL/ML/ラブコメ短編集




紳士な上司 崇城肇の場合




「おっと」
 資料の入ったダンボールを両手いっぱいに担ぎながら、乗り込んだエレベーターの階ボタンをマーケティング部へと押し込む。ギリギリの視界でも重さはそこそこあって、ボタン一つ押すのも一苦労だった。
 資料庫前で都谷さんと別れた後、苦労の末に捕獲した資料を持って俺は──恐らく待ってはないだろう──飛鷹さんが待つデザイン部へと急いだ。
 念のため邪魔にならないようエレベーター奥へと下がり一息吐くと、閉まりかけたドアが再び開き始めた。
「随分と無様な格好だな」
「崇城さん」
 隣に立つ黒服姿の崇城さんは、呆れた表情に相変わらずの据わり目を俺に向けて息を吐く。なんだか俺は申し訳なくなって、軽く一礼したまま顔を伏せていた。
 崇城さんは外見的にも内面的にも威圧感があって近寄り難い。いつ見かけても無表情で口調も厳しく、目が据わってるから余計に怖い印象を受けるのだろう。だが一部の女性社員にはそれが受けるようで、コアなファンが増殖しつつあるらしい。
(在原の言ってたランキングだと、崇城さんは八位だったな、確か)
 俺も怖いとまで思わないが、緊張はする。無表情だから何を考えてるか解らないし、気軽に話しかけていいのかどうか、顔色を窺ってみてもやっぱり読み取れなかった。
「何だ」
「へっ?」
「ずっとこちらを気にしているような素振りだ」
 そんなに挙動不審だったろうか。
 不意に目線をこちらに向けられて俺は咄嗟に、見上げていた顔を露骨に逸らしてしまった。
「いえっ……すみません」
 これじゃあ何かあるって言ってるようなもんだ、証拠に突き刺さる視線を痛く感じる。
 崇城さんと二人きりのシチュエーションなど、思い返してみれば初めてだった。
 崇城さんと会う時はいつも飛鷹さんとセットで、俺にちょっかいを仕掛けてくる飛鷹さんへ毒吐いては一体どこに仕舞ってどこから取り出したのかも分からない、対飛鷹専用武器片手に見事なスナップを効かせる。そんな時でも表情一つ変わらない崇城さんは噂通りの鉄仮面だ。
(気まずい……)
 密室で、しかも崇城さんと二人っていうのは非常に気まずい。気にしなきゃいいんだろうけれど、距離はあってもその気配は確かに隣にあるのだからどうしても意識してしまう。
 崇城さんならこんなちっぽけなことにいちいち唸りもしないんだろうと思いながら、そうはならない俺は打開策を講じる。
「崇城さん──は、いつもお昼は食堂なんですか?」
 会話の切欠のつもりが自分でもしょーもない話題を振ってしまったことに、恥ずかしくて俺涙目。
「何故?」
 後悔する俺へとその声は意外にも優しく投げかけてきて、釣られて顔を上げた俺は自分を見据える崇城さんを凝視した。
「僕も今日は食堂にいて、崇城さんが飛鷹さんといるのを見かけたんです。それで」
「ああ。いつもは弁当を持参しているんだが、昨日から飛鷹が押しかけてきていて邪魔ばかりするんでな。そのせいで作る余裕がなかった」
「自分で作られるんですか?」
 驚いて俺に視線を向けたのは寧ろ、崇城さんの方だ。
「驚くことか?」
「いいえ! 僕も、普段は自分で作っていて……でも今日は、寝坊したもので」
 服装や仕事からきっちりしているあたり、らしいといえば崇城さんらしい。しかし──。
「崇城さんって、飛鷹さんと仲良いですよね。いつも一緒にいるイメージがありますし」
 苦笑しつつ思わず出た言葉に、片眉を僅かに潜めた崇城さんは不快そうだった。
「アレが勝手に懐いているだけだ」
「そう、なんですか」
「学生時代にも散々面倒をかけられたからな、構い過ぎたのが仇になった。そのせいで家にまで頻繁にくる」
 崇城さんは迷惑だと言わんばかりに嘆息を吐く。どうやら崇城さんにとって飛鷹さんは大型の犬と変わりないようだ。
 なんだかんだ言っていても世話しているあたり、崇城さんは面倒見がいい。逆に言えば、好き勝手遣り放題の飛鷹さんに対して何を言っても無駄だから諦めてるとも言えるが。
 俺はまたちらりと、傍目に崇城さんを捉える。
 飛鷹さんタイプはあれはあれで好かれやすいし見るからに社交的だから、女からしてみれば接しやすく──要はそれだけ競争率も高い。つまり、不可抗力であっても絡み過ぎると後が怖いのだ。男の俺だって世話になっている今の立場を時折呪いたくなるくらいだ。その点、崇城さんは安置。勿論、根強いファンが大勢いるみたいだが割りと控えめなようで……エレベーターで偶然乗り合わせただけなのにそれを見かけた女性社員が勝手な妄想で事実をねじ曲げて噂を振り撒いた挙げ句、「関君の本命は実は崇城さんだったのよー」なんていう、ボーイズラブみたいなぶっ飛んだことにはならない。だからこそこうして構えることなくいられる。つまりは実体験。都谷さんに対してもそうだが、完璧だと称される人間ほど興味の対象として強く惹かれるものはない。
(飛鷹さんなら見たことあるのかな? 崇城さんの素顔って……あー駄目だ!)
 俺は軽く頭を振った。在原の野次馬根性というか、団地に集う噂好きなおばちゃん精神が移ってしまっている。長いこと総務にいたせいかお姉様方にすっかり毒されて、俺の思考まで邪推だ。規則をまんま形にしたような崇城さんを悍しいゴシップの対象にしてしまったことに俺は、おばさん化の進行に自分への嘆息を吐いた。
「フッ」
「へ?」
 鼻で笑うような密かな声に俺は隣を見遣る。大変失礼ばかりだが崇城さんの笑顔を見たのはこれが初めてで、それは超一級品だった。
「失礼。一人でぶつぶつ呟いては、百面相をしているからな」
「えっ!?」
(俺ってば声に出してたのか?!)
 崇城さんの貴重な笑顔を見られた感動なんて一瞬で吹き飛ぶくらいの羞恥心に、俺の顔は火を噴きそうなくらい急速に熱くなった。
 自分の世界に入りやすい俺は普段から独り言が多く、気付くといつもテレビに話しかけてたりする。それをまさか隣に人が──崇城さんが居るのを分かっていながらやらかすとは……赤っ恥もいいところだった。
「すみません、騒がしくて……」
「お陰で楽しませてもらっている」
(どういう意味だろう?)
 いつものことだろうけれど、こういう情けない姿というか恥しか晒していない気がする。ていうか崇城さんと会う時って必ずと言っていいほど飛鷹さんも一緒だし、それだけで不可抗力だし。
「少し──分かる気がするな。飛鷹が君に絡む理由が」
(ああ……)
 あらぬ誤解を招いたようで、また俺涙目。
 そうこうしている間にエレベーターは、俺の目的とする階へと到着した。高層ビルの割には低速エレベーターというのも災いしているが、崇城さんとのひと時はそれ以上に長く感じた。
「気を付けてな」
 別れ際に声をかけられて振り向くが、崇城さんはいつも通りの無表情に戻っていた。

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