Lovers Tale
BL/ML/ラブコメ短編集
紳士な上司 飛鷹義成の場合
飛鷹さんほど期待を裏切らない人はいないと思う。無論、褒めてなんかない。
「んー? どしたぁ? そんな怖い顔しちゃってぇ、せっかくのイケメンが台無しよぉ」
(なんだって悠長にコーヒーなんぞ啜ってるんでしょうか……小一時間ほど問い詰めたい)
部署に戻ると案の定、飛鷹さんの姿はなく、資料を置いて探しに出た俺は自動販売機の前で缶コーヒー片手にソファに座る飛鷹さんを発見した。
全く状況を分かっていない飛鷹さんの科白に、俺のテンションはまっしぐら急降下した。
「忘れてたんですね」
「んー? ……あ」
引き攣る顔で皆まで語らず俺が咎めると思い出してくれたようで飛鷹さんは忽ち、ばつが悪いといった顔を見せた。
予想していたこととはいえ、目の前にするとやっぱり落ち込む。
「怒っちゃイヤぁン」
「飛鷹さんが頼んだことなんですから、ちゃんと覚えててくださいって言ってるじゃないですか!」
「いやぁ、どうも他あたってるとどっか飛んじまってさぁ」
「どうせなら、もっとまともな言い訳をしてください」
反省の色なく笑い飛ばしてくれる飛鷹さんを前に、俺はどっと押し寄せた更なる疲労感に項垂れて肩を落とした。
「まあまあ、座りなさいよ」
「はあ……」
溜息混じりの返事をしつつ俺は、ソファの背を叩いて促す飛鷹さんの隣へ腰を下ろす。
「ほんとに大変だったんですからね。都谷さんにまで迷惑かけてしまって」
「え?」
恨めしく項垂れた顔を上げた先で飛鷹さんは頬を引き攣らせていた。
「都谷さん、きたの?」
「はい。資料を探すのを手伝って頂きました」
(片付けも)
「うわはぁ……後で説教だ、絶対」
(でしょうね)
「ま、いっかぁ」
(いいのかよ!?)
開き直って飛鷹さんは鼻歌を口ずさみ、何事もなかったように自動販売機の前に立つ。呆れつつ俺はその背中を恨めしそうに見つめた。いっそ清々しいこの楽観さがたまにだけど、ちょっと羨ましく思う時がある。
デザイン部にきて落ち込むことは山ほどあった、仕事でもそれ以外のことでも。今だって分からないことが沢山あって右往左往している状態だ。楽観主義とまではいかなくても、それなりに前向きではあると自分では思っている。面倒な雑務だって総務にいた時と変わりないから慣れているし。それでも自分の不甲斐なさというか余計に仕事ができない無力さを思い知って、配属当初は悔しくて堪らない思いばかりで過ごしていた。どんなに頑張っても追いつけない事実は重くて、がむしゃらになるほど虚しさを感じていた。
普段からちゃらんぽらんにしか見えない飛鷹さんはいつもさり気なく、さらりと何でもこなしていて仕事の上では尊敬する。ちゃらんぽらんでもチームリーダーだし。右も左も分からない部署に抛り込まれた俺に最初に話しかけてくれたのもそう。過剰なコミュニケーションも優しいからだろうし、すごい気遣ってくれているのが分かる。嬉しい半面コンプレックスも刺激されて、一緒にいると複雑な気分でもあった。
「ほい」
「え?」
「仕事の時は、ホットでスイートな飲み物がオススメよぉ」
差し出されたミルクココアの缶を受け取ると温かくて、一瞥してまた顔を上げた俺に飛鷹さんはにっこりと、子供のような無邪気さで微笑んだ。
「あ、りがとうございます」
「どういたしましてぇ」
一人分の距離を空けて座るその姿を横目にして俺は、妙な感覚に囚われた。ガツガツくる飛鷹さんが遠慮がちに見えたからなのかもしれない。だから油断した。
「熱っつ!」
「大丈夫か?」
「ふぁい……」
口を押さえて頷きながら答える俺に、覗き込む飛鷹さんは心配そうな面持ちだ。
極度の猫舌である俺は普段から、熱いものに関しては少し冷ましてから口にするよう気をつけている。本来、人に言う猫舌ってものはないらしいが、飲み癖ってのは意識しない限り簡単に治るものでもない。
俺は一息吐いて落ち着いてから再度ココアを一口味わう。使い過ぎの頭には糖分がよく回って、社会人になってからというもの甘い物を口にする頻度は増えていた。サボるつもりはないけれど、こういう息抜きくらいならたまには悪くないだろう。
「なんかあるなら聞くぞー」
「え?」
不意の申し出に前屈みのその背に目を遣ると、缶コーヒーの縁を持って揺らす飛鷹さんと視線が交わった。
「毎日ってくらい顔つき合わせてんだ、分かるってぇ」
言いながら上体を起こす飛鷹さんの表情は得意気だ。それでも俺の口からは、実際のところ寝不足からくる疲労のせいとしか返しようもないけど──主に飛鷹さん絡みで。
「そういうところ“だけ”は抜け目ないですよね」
「『だけ』ねぇ。惚れ直したか?」
「惚れてもいません」
「即答かよぉ」
「飛鷹さんが茶化すからです」
「なら、本気で口説いていいのか?」
「は!?」
急に真顔になる飛鷹さんから目を逸らす隙を失い、身動きも取れない俺は息を呑む。
(なんだ? 何なんだ、この空気?)
いつもの冗談だと思えば軽く聞き流せるはずなのに、思い切れない自分がいる。
(いや、いや待て待て。俺も飛鷹さんも男なんだぞ、男! そりゃあ世の中には男同士やら女同士の恋愛もあるけれど、まさか自分がなんて考えたこともないって!)
笑い飛ばせば済む話が、タイミングを逃して花でも咲かせる状況を作り上げてんだ。あられもない想像に俺の頭はパンクしそうで、顔も身体もがちがちに硬直していた。
徐々に顔に血が上ってくるのを感じながらバクバクと鳴り響く心臓にも焦り始めた俺を、見詰める飛鷹さんが真剣な眼差しから一転、満面の笑みを見せた。
「なーんつって」
シリアスムードがぶち破られると同時に俺は、自身の頭の中で何かが切れる音を聞いた。
「だっはは! 俺ってば実は脈ありだったりしてぇ!」
(こんっの狸め……)
前言撤回。羨ましいとか尊敬なんて、そんなことを思ってしまった数分前の自分が哀れで情けない。飛鷹さんがこういう人だっていう俺の認識がまだまだまだ甘かった。
怒り心頭に発して勢いよく直立する俺は、先輩後輩云々そっちのけで軽蔑の意を込めて飛鷹さんを睨み付ける。
「先に戻ります!」
「良いもの見せてもらったぜぇ、一美ちゃん」
背後でやいやい騒ぐ飛鷹さんへと、悔しくて俺はトドメを刺すべく振り向いた。
「飛鷹さんがサボってるって、都谷さんにはお伝えしておきます」
「おいっ! ちょお、待て!」
途端に焦る飛鷹さんを放って俺は子供染みた仕返しに恥じることもなく、ただただ怒り任せに足を踏み鳴らした。