久多良木文庫
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Lovers Tale

BL/ML/ラブコメ短編集




紳士な上司 語るは男の乙女心




「お前は乙女か」
「だってさー……」
 社員食堂でカツ丼と鯖の味噌煮定食が乗った角テーブルを挟んで、対座する在原は持っている箸を、指を差す如く俺の眼前へと突き出した。
「『だってさー』って。上司を前にして何考えてんだよ、しかも男」
「俺だってやばいと思ってるよ」
「お願い近寄らないで! 私のハートがドキドキしちゃうの!」
「ハニーかお前は」
 どこから発しているのか気味の悪い女声で、カツ丼を前にした同僚の在原祐樹(ありはらゆうき)は冗談みたいな俺の真剣な悩み事を面白可笑しくしてくれる。
 在原は俺と同期入社で総務部庶務課に配属され、同い年という事もあって意気投合した同僚だ。今では部署が違って、たまの休日かこうして昼休みくらいしかゆっくりと話す時間がない。
「まあ、確かに都谷さんはかっこいいけどな」
「だろ?」
「ていうか、お前の周りそんなんばっかじゃん。逆ハー状態で羨ましい限りだのう」
「逆ハーレムって……頼むから誤解を招く発言をしてくれるな」
「て──総務のお姉様方が口を揃えて愚痴ってたんだよ。呪わしいって」
「あーそうかい」
 溜息混じりにそう言いながら、悶々としたまま寝付くことができなかったせいでまたも弁当を用意できず、久々に食堂の味である鯖の味噌煮を摘む俺を、椅子の背に凭れ掛かる在原は茶化して笑う。
 時期外れの人事異動の辞令がおりたのは半年前──ヴァルールに入社してから総務部庶務課に勤めて五年ほど経った頃だ。誰よりその事実に驚いたのは俺で、思い当たる理由もなかった。デザインのことなど右も左もわからないのに何故なのか……小耳に挟んだ噂では都谷さんから直々に声が掛かったらしいけれど、それを本人に確かめる勇気など俺にはない。
 セルフサービスの緑茶を啜り、在原は話を続ける。
「デザイン部部長の都谷さんに世話係の飛鷹さん。しょっちゅうデザイン部に出入りしてる第一営業部部長の浅見さんと、極め付けが経理の鬼の崇城さんってか。社内男性抱かれたいランキングトップ10を侍らせてんだ。お姉様方の目もそりゃあ恨めしいもんだろうよ」
「まあ、熱狂的ファンはいるみたいだけど──て、なんだよそれ?」
「社内ランキングか?」
「始めて聞いたぞ」
「女性陣の間でやってる毎年恒例のランキングだってさ。対象は俺ら男社員、女の欲が如実に表れてるぞお」
「エグイなあ」
 戦く俺に対して在原は平然な顔で飯をかっ食らう。
 在原はOLの姉が二人と高校生の妹が一人いるからか、この手の話には慣れていた。短髪に爽やかな外見と母性本能でも擽るのか年上には特に好かれて、総務部のお姉様方からは大層可愛がられている。そのため社内のことにはかなりの情報通で、俺の知る社員情報──主にデザイン部のこと──は全て在原から聞いた話である。
 品定めされる男の立場としては、女性のそういった話は恐ろしく感じるのだがしかし、男だからこそ興味の湧く話でもある。
「で? そのランキングのトップ10ってのは誰なんだ?」
 好奇心を露にする俺に在原は、にやりといやらしく口角を上げた。
「一位は三年連続で飛鷹さん。二位三位はそこだけ毎年入れ替わりが激しいとかで、今年は都谷さんで三位が浅見さんだったな」
「両脇に変わり者ってあたり、都谷さんらしいな。でも、一位が飛鷹さんっていうのは男の俺でも予想がつく」
「だろ? で、四位が第二営業部長の松永さんなんだよ」
「松永さんって、中学生の娘さんがいるんだっけ?」
「子持ちの男やもめってのが余裕があっていいんだと。それから──」
 男同士の昼飯だというのに、なんだか女子会のようだ。
「過激過ぎてついていけん……」
 食事が終わって緑茶を嗜むだけとなった俺は、湯呑み片手に口を開いた。
「なあに言ってんだよ。実際のランキングのコメントなんてもっとすげえぞー。飛鷹さんのエロテクは粘着質だろうとか、都谷さんはああ見えて情熱的だろうとか。第一営業部長の浅見さんは都谷さん揃って紳士扱いだけど、セクシーで女慣れしてそうとか。他にもセックスアピールとかフェチ的なことまでぶっちゃけてんだから」
 ゲラゲラ笑い飛ばす在原は流石だと、余りのえげつなさに俺はげんなりで項垂れる額に手を当てた。
 俺だって女性経験がないわけじゃない。それでも大学時代から付き合っていた彼女はお互いに就職してから仕事が忙しくて別れてしまったのだが。別に女というものに幻想を抱いているわけじゃないけれど、その彼女もこれだけの思考をその程度として持ち合わせていたのかと思うとなんだか末恐ろしくなる。
「しかし。上位が見事に営業だらけだなあ」
「そりゃあうちの営業は男ばかりだからな。普段接してる連中より、親しみのない方に惹かれるんじゃないか?」
「なるほど」
「『なるほど』ってお前、他人事じゃねえって」
「は?」
 すかさず在原に突っ込まれ、何事か分からない俺は間抜けな声を上げてしまった。
「ここ半年でお前の株価急上昇中なんだぞ」
「はあ? なんで!?」
「異動してから顔つきが変わったって、注目度アップしまくりだってよ」
 盛り上がる在原は苦笑う俺へと賛辞を送る。
 嬉しいやら悲しいやら……先の話を聞いた後じゃあ素直に喜べない俺は複雑な心境だった。
「きゃー! 鷲原君かっこいい!」
「まあね──って。やめろ気色悪い」
 鼻にかかった女声を模する在原にすかさず辛辣な突っ込みを入れる。自分がこんなにノリのいい奴だと気付いたのは在原と付き合い始めてからだ。というより、毎度こいつのペースに巻かれるので耐性がついてきたというべきか。
 めげず在原は「ひ−どーいー」と一昔前の女子高生みたような口ぶりをして緑茶を一口啜ると、頬杖を着いた顔ににやりとした笑みを作った。
「でも、一部では別の楽しみ方もされてるけどな」
「俺は商品か」
「総務のお姉様方のおすすめ、インスタント鷲原。レンジでチンしてお召し上がり下さい」
「食べるのかよ。どうでもいいけど、なんだよ? それ」
 深夜の通信販売の番組の真似をノリノリでやる在原への突っ込みもそこそこに俺は問う。嫌な予感しかしないが何やら含んだような物言いをされると気になるものだ。
「インスタント鷲原?」
「頭からこれぶっかけるぞ」
「冗談だって」
 緑茶の入った湯呑みを手に凄むと在原は反省するでもなく俺を制した。いちいち突っ込みをいれなきゃならない俺の身にもなってほしいものだ。
「お前と都谷さんの噂だよ」
「げ」
 思った通りだ。同じ部署で上司でもある都谷さんとの接触は避けて通れない。分かってはいるものの男同士のよからぬ噂なぞ気持ちのいいものではないし、ましてや俺が相手だなんて都谷さんに失礼だと思うわけで……。
「それにいつだったか、お前が都谷さんと手を繋いで歩いてたって」
「は!?」
「『鷲原君ってば顔真っ赤にしちゃって、超かーわーいーいー』って、専らの評判だぞ」
 在原は気色の悪い声色にハートマークを誂えてリアルに女性社員らの声を表現する。
 なんという誇張。噂はただの噂に留まらず、大半がこうしてリニューアルされて回覧板のごとく社内を──特に女性社員の間を駆け巡っている。事実無根と言いたいところだがしかし、実のところ身に覚えがあるうえにあながち間違いでもない。ただ、九割は作り話だ。
「あれは」
「え!? マジ!?」
「違う!」
 何故か期待の眼差しを向けてくる在原に対して俺は強く否定する。
「あれは、都谷さんに用事があった時にたまたま廊下であって、それで俺の、シャツの袖口の釦が取れかかってたらしくて……都谷さんがそれに気付いて、手首を取られただけだ」
 まるで言い訳のように聞こえる、嘘のような本当の話だ。俺はその時の情景を思い出し、掴まれた手首をなぞる。
 都谷さんの手は外見上、俺と似たものではっきりと輪郭を持っていて男らしいけど、指の先まで一本一本が綺麗で長い。その手に触れられるだけで都谷さんの温厚な人間性に感化されるのか、俺は胸の奥がひどく温かくなったのを覚えている。
 途端に資料庫での出来事を思い出してしまって俺は、一気に上昇した体温が自分の顔に集中するのを感じた。
「やっぱ乙女え」
「あのなあ」
「その顔じゃあ、何言っても説得力に欠けるって」
 指まで差されてますます上気する俺は、覆い隠せもしないのに咄嗟に口許へ手を当てる。その行為が余計、顔からダイレクトに高熱が伝わって羞恥心を煽られるばかりになった。
 弁解のための事実を述べただけなのに、何故こんなにも羞恥に駆られるのだろう。これじゃあまるで、脚色だらけの噂が余程真実みたいじゃないか。ないない、男同士で男女の仲になるなんて常識的に考えて有り得ない。
「その噂、納得いかねえよなぁ」
「飛鷹さん!」
 男同士の井戸端会議に突然降ってきた声の主は、いつの間にか俺たちの間に割って入るようにしてテーブルの端に腰掛けていた。
(どっから現れたんだ、この人……)
 敢えて口にはしない疑念を抱く俺を余所に、飛鷹さんは一人拗ねているようだった。
「一美ちゃんは俺のなのにさぁ」
「相変わらずご執心ですね」
「お。分かってんじゃーん」
 在原は俺の友人であり、庶務課は備品補充などで社内を巡るので飛鷹さんとも勿論面識があった。この二人が揃うと俺にとってますますよろしくない方向にいく気がするのだけど……既に飛鷹さんは勝手なことを抜かしているし。
「飛鷹さんのものになった覚えはありません」
「つれないなぁ。あんなことまでした仲なのにぃ」
(なんのこっちゃい!)
「是非詳しく!」
「何もない!」
 また珍妙な噂を流されては困ると即座に俺は否定した。都谷さんのみならず飛鷹さんともあやしい関係だと噂された日には、さながら俺は悪女ならぬ悪男にされそうだ。全く身に覚えがないだけに余計迷惑だ。
 しかし噂好きならまだしも、脚色ばかりの妄想話が都谷さんの耳に入ってないか俺は心配だった。故意に振り撒いたものじゃないにしろ、あんな一部の人間だけが喜びそうな噂が横行しているだなんて都谷さんに知れたら、俺は自ら穴を掘って埋まりたい。それ以前の問題としても都谷さんと顔を合わせ辛くなる。申し訳ないというか分が悪いというか、そうでなくたって味わわされる羞恥心は半端ないんだ。今までだって頭の中がいっぱいいっぱいだというのに、これ以上圧し掛かられたら耐えられるわけがない。
 と、脳内であれこれ思考を巡らし喘ぐ俺の視界に、不意にゆっくりと影が差していく。
「あ」
 同じく気付いた在原と二人、影の差す飛鷹さんの方を見遣り同時に声を上げた。
「だあ!?」
 次の瞬間には目にも留まらぬ速さで、高く掲げられたハリセンが飛鷹さんの脳天に華麗なスマッシュを決めていた。
「痛っだあ……肇この野郎!」
 両手で頭を押さえつつ飛鷹さんは自身の背後に立つ崇城さんへ振り向き抗議するが、当の崇城さんは微動だにせず無表情で飛鷹さんを見据え痛烈な一言を浴びせる。
「黙れ。猥褻物」
「ちょ!? それ酷くな──って、おい! 苦しいって!」
 ハリセンを片手に崇城さんは俺と在原に会釈をすると、喚く飛鷹さんの後ろ襟を鷲掴みずるずると引き摺っていった。
 いい加減、飛鷹さんも学習しているだろうに、避けるどころか自ら殴られにいっているような気もする。実はマゾなのか?
 俺は何度も崇城さんに救われているので珍しくはないけど、どうやら初めて見た光景だったらしく唖然と見送っていた在原はふと口を開いた。
「すげえスマッシュ」
「そこかよ」
 かくいう俺も、飛鷹さんの脳細胞はこれでいくつ死んだのだろうとどうでもいいことを考えていた。

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