DOLL
BL/純愛/R指定
黒のメサイアと仮面のご主人様 第二幕
アンダーグラウンドがネオンの光で満たされる頃。例に漏れず、「DOLL」の看板も神々しく輝いていた。それまで空いていたプレイルームには、指名された男娼たちが宛がわれ埋まっていく。各部屋は防音壁になっているため、その中で行われている情事がどんなに激しくなろうとも、外に漏れることは決してない。しかし、スタッフや客の身の万が一の安全のためにも、至る所に設置された監視カメラは常に稼動している。午後十時、「SHOW ROOM」にて行われる今夜のSMショーは盛り上がりを見せていた。
そんな中。頬にアイスシートを貼りつけたドールは一人、暗闇の中にいた。
誰もいない暗澹としただだっ広い部屋の中で、まるで人形のようにピクリとも動かない。
照明らしき物もあるというのに、彼はそれに手を掛けることなく、またソファらしき家具もあるというのに、それに腰を下ろすこともなく、壁際に背を預けた姿で立ちすくんでいた。
事務室の奥にある、一部の人間しか知ることのない隠し通路。そこをまっすぐ進めば、一つの扉がある。僅かに開放されたその中へ一歩踏み出せば、絢爛豪華な内装と調度品で埋め尽くされた部屋が、そこにはあった。
そんな部屋の中にレストであるドールがいる理由はただの一つだけだった。
あの美麗の男、水鏡が命じた一言に従ったまで。そしてそれはレストである彼の主人の命令に等しかった。
カチッ、と置時計の針が宙を指した。
それと同時に、自分以外は誰もいなかったこの部屋の中に、何らかの気配が侵入する。
ビクリと肩を震わせれば、その上にふわりと温かい何かが乗った。そして同時に、不快な機械音が混じった、人工的な声音が落ちてきた。
「オレだ」
しかしそれを聞いた瞬間。それまで感情らしい感情を一切表に出さなかったドールの頬が、桜色に染まった。
明りのないこの部屋でそれを確認できる者はいないが、確かに、彼の身には僅かな変化が表れていた。
「明りをつけていいと、教えたはずだが?」
ノイズの混ざる低い濁声は、ドールに問いかける。それと同時に、パッと橙の照明が辺りを照らし出した。そうしてドールが見上げれば。不気味な仮面を貼り付けた銀髪の男が、ドールを見下ろす形で立っていた。仮面の男の指先は、照明のスイッチらしき物に触れている。
水鏡同様のバランス良い長身に、同性ならば一度は憧れるだろう精錬された体躯。フワリと柔らかそうなウェーブのかかった銀髪は、上から星屑を塗したように輝いている。全身も高級感漂うブラックのタキシードジャケットにパンツスタイル。インナーにはグレーのドゥエボットーニシャツを着用しているため、タイはしていない。代わりに、小型の拡声器のような物が、男の首にベルトを通して取り付けられている。彼の発声に機械音が混じるのはそのためだった。また、彼の履いている光沢のある皮靴も、ドールの給金では到底手の届かないだろう高級品である。
しかし、この男の最も目を引く部分はそのどれでもない。ドールが初めて出会った時もこの男は装着していた、不気味なデザインの純白の仮面。それが、男の目元を覆い隠しており、人相がはっきりとつかめない。隠れていないのは男の鼻孔と整った形良い口元、そして黒色の瞳孔だけである。
しかし彼の醸し出す雰囲気からして、歳は二〇代半ばから三〇代前半といったところだろう。かなり若い。
ドールは男に答えるべく、急いでポケットからメモパッドを取り出した。しかし、男は言葉でそれを制す。
「それを置け。オレには必要ないと言ったはずだ」
ピタリと止まる身体。
しかしドールは、僅かな躊躇いを見せた。何かを訴えたいのか、彼は男に向かって顔を上げる。その口からは言葉が出なかった。
申し訳なさそうにおずおずと俯く彼に、男は戒めるように少々強い口調で尋ねた。
「レストは口を開くなと、前の主人から命じられていた。そうだったな? 今のお前の主人は誰だ?」
男はドールの顎に手を掛け、再び首を上げさせる。そしてもう一方で、鬱陶しいほど長い彼の前髪を優しく掻き分けてやる。
すると、毀れそうなほど大きな赤い双眸が現れた。
「赤月」
「は……い……キョウさ、ま……」
赤い瞳を持つ彼は、男声にしては幾分か高い、柔らかな声音で訥々と答えた。
「俺の、主人は……キョウ様……俺を飼ってくださった……クラウンである、貴方様……ただ一人……です」
物心ついた時には、アンダーグラウンドと呼ばれる場所にいた。
自分には主人がいて、その者のために働く。自分のためではなく、主人のために動き、生きる。
逆を言えば、主人なしでは生きられない。それがレストだった。
彼は何の疑問を抱くことなく、生きていた。家族はない。同じレストである母の主人が変わったため、幼いころに生き別れ、それきりだからだ。
二年前のある日に、八度目の主人から呼び出された。
いつものように服を脱いでミミズ腫れの背中を差し出せば、なぜか慌てふためく主人が自身のコートを背中にかけてくれた。主人のありえない行動を不思議に思った彼が視線を落とせば、彼のその手に鞭はない。不思議に思ったが、尋ねようと口を開けば殴られるのが目に見えているので、彼は黙って主人の次の命令を待った。
しかし、主人の額からは滝のような汗が出るばかりで、なかなか命令を与えられない。
主人用のハンカチで男の汗を拭っていると、奥から仮面の男が現れた。それが強盗だと即座に判断した彼は、主人の前で盾になった。何年か前に、アンダーグラウンドでは若者二人による討ち入りが流行っていたので、今回もその類いだと思ったのだ。
しかし身を呈して庇う姿勢を見せた彼に、主人はやめろと命令し、仮面の男に向かって頭を下げさせた。頭を押さえつけられている主人の手は、ぶるぶると震えていた。
そして仮面の男の正体について、ある一つの可能性が頭を廻ったが、それはないと即座に否定した。だが、仮面の男から紡がれた事実は、まさしく彼が予感した通りであり、また驚愕すべき内容だった。
『オレはキョウ。クラウンだ。今からお前の主となった。お前の名は?』
レストを始め、それまで「それ」や、「これ」などの代名詞でしか呼ばれたことのなかった彼は、首を横に振った。しかし、もう一度名を尋ねられれば、自分でも数回しか口にした事のない名を伝えていた。
『あか、つき……』
その日から、彼の生活は一変した。
キョウはジャケットを脱ぐと、それを横がけのソファの上に放り投げた。そしてドレスシャツのボタンを上から半分まで外すと、ドールこと赤月に水を一杯持ってくるよう命じる。仕事を与えられた彼は頭を下げると、手際良く作業を始める。
部屋に常備されているグラスに、冷蔵庫でよく冷やされたミネラルウォーターを注ぎ、銀のトレーの上に乗せてソファに腰を据えている主人の下に戻った。彼は仮面を外すことなく、赤月を待っていた。
キョウがこの仮面をつけている理由はただの一つ。素顔を隠したいからだ。しかしその理由は、明かされていない。だが、クラウンがレストに素顔を晒してはならないという風習が、昔はあったと聞いている。それが今も続いているのだとすれば、彼が顔を隠している理由にも納得はいった。
キョウの前に着くと、赤月はその場で跪いて、水の入ったグラスを差し出した。キョウはそれを受け取り、一気に煽ると空になったグラスを、横にあるチェストの上に置いた。
赤月はそれを下げようと手を伸ばしたが、ふいに、自分より一回りも大きく、逞しい手によって遮られる。キョウが彼の細い手首を掴んだためだ。
そして、アイスシートを貼り付けている赤月の頬に触れながら、やや強い口調で詰問する。
「誰にやられた?」
戸惑いの色が、赤月の目に浮かんだ。さっと主人から視線を逸らすも、彼から逃げることなどできはしない。キョウはそんな彼を咎めることなく、再度尋ねた。
「俺が聞いているんだ。誰にやられた?」
逡巡したのち、赤月は俯いて小さく口を開いた。
「これは…………その……転んで、でき……ました」
「嘘をつくな。殴られたんだろう?」
キョウの質問に赤月は答えない。いや、答えられなかった。そんな彼に対し、キョウは淡々と言葉を紡ぐ。
「嘘をつくなと、教えたはずだ。命令でも言えないのか?」
命令と言われれば、答えないわけにはいかない。赤月は握りしめた拳にぐっと力を入れ、意を決して口を開いた。
「マド……カ、様……です」
「そうか」
「でもっ……これは……俺の行動が遅かったから、で……俺が、悪いんです」
赤月はマドカを庇った。理由はどうあれ、マドカを怒らせた原因は自分にある。
レストの失態でセンターが責められることなど、あってはならないと赤月は主張する。
だが、キョウは断言した。
「お前が悪くても、オレはアレを赦さない」
「キョウ、様…………」
「教えたはずだ。お前はオレの物だと。アレは勝手にオレの物を使ったんだ。それを許す道理はないし、赦すこともできない」
何も言えなかった。主人がそうだといえば、白色だって黒くなる。赤月は頷いて、俯いた。その様子を見ていたキョウは短く息を吐くと、幾分穏やかな口調で彼の名を呼んだ。
「赤月」
「はい。キョウ様」
キョウは座っているソファの横で空いているスペースに、トントンと指で叩いた。それが何を意味しているかをすぐに察した赤月は、慌てて首を横に振った。
しかし、「命令だ」と付け加えられれば、拒否などできるはずがない。
数秒の後、赤月は観念したように、「失礼します」と小さく断って、キョウの横に腰を下ろした。
体を縮こまらせ、恐縮する彼の肩を、キョウはおもむろに抱き寄せた。
「き、キョウ様っ……」
「アレも中途半端だな。水鏡の気を引くつもりなら、奴だけを見ておけばいいものを……お前に当たるとは」
途端、身体を硬直させてしまった赤月の髪を、キョウは安心させるかのように優しく梳いてやる。赤月はしばらく戸惑っていたものの、彼のその行為に安心したのか、徐々に強張りを解いていった。
そんな彼に、キョウの口端が満足そうに持ち上がる。
「仕事が辛かったらいつでも言えばいい。何も、あそこにこだわって働く必要はない」
甘い誘惑のように優しく囁く主人の提案に対し、赤月は首が千切れんばかりに、必死に頭を振ってみせた。
「いいえっ、充分です! 辛くなんか、ありません。むしろ、贅沢過ぎるほどです。オーナーもよくしてくださいますし、他の皆さんも優しい、です。それに、俺なんかに手当も下さって……本当に、今のこの仕事を与えてくださったご主人様にはなんとお礼を言えばよいやら……」
珍しく自身の意志を主張する赤月に、始めは黙って聞いていたキョウだったが、己を卑下する物言いが気に食わず、持ちあげていた口端をきゅっと引き戻し、戒める。
「充分じゃない。それが妥当なんだ。働いたらそれに見合うだけの報酬を貰う。当たり前の事だ。『俺なんか』という言い方はやめろ」
すると、赤月は大きな瞳をさらに見開いたかと思えば、その直後にふわりと微笑んだ。窘められているというのに、何が可笑しいというのか。キョウは怪訝そうに尋ねた。
「なぜ、笑う?」
「嬉しいんです」
「嬉しい?」
「はい」
それ以上は何も言わず、赤月は頷いた。キョウは口元だけで苦笑した。
「おかしなことを言うんだな。お前は」
赤月は「すみません」と、言葉を返した。
キョウは赤月の髪を梳きつつ、彼の頬に手を滑らせる。
赤月は成人しているものの、細く華奢な身体つきの所為で幾分年若く見える。だが、栄養価の高い食事を毎日三食とり、休みも充分取るようになってからは、体重が五キロ増え、身長も三センチほど伸びたのだ。
以前はかなり荒れていた肌にも艶が出て、健康的なものへと変わっていた。平均にはまだ到底足りないものの、まだまだ成長過程にあるため、これ以上の変化にも期待ができる。
そして以前は興味もなかった自身の身体の変化が、今では楽しみで仕方がなかった。それもこれも、今の主人のおかげである。
「疲れたな。今夜はもう休む」
「お休みはこちらでなさいますか?」
「ああ」
クラウンであるキョウの本宅は地上にあり、いま居るここは、「DOLL」で働かせている赤月を見るためだけに用意された、借りの部屋である。
地上では飼えない。その理由から、キョウはすぐに知り合いである水鏡が働く「DOLL」のオーナーに彼を預けた。
地上に仕事があるキョウは、普段はそちらで過ごして、休みが取れるときだけ地下へ来る。そのため、キョウは水鏡を連絡係にあて、何かあればすぐに報告するよう義務付けた。
キョウが自らこちらへ出向く以外で赤月の下へ来るのは、全て水鏡からの連絡によるものである。今回がまさにそれだった。
そして、キョウに用がある時は、水鏡を通さねばできなかった。つまり、キョウに会うには水鏡の許可が必要ということになる。
また、赤月の主人がオーナーではない事実を店の者たちは承知しているが、その相手がクラウンであるということは知らされていない。そんなことを耳にすれば、仕事に支障が出ると、オーナーが判断したためだ。
普段は赤月の権利を所有する主人がいないため、預かり手であるオーナーが代理で仕事を与えている。しかし、第一に優先すべき相手はキョウであるため、今この時が赤月の本来の仕事となる。
主人がこちらに泊まると聞き、その支度を始めるため赤月は動いたが、キョウはなぜかそれを制止した。
そして。
「お前、シャワーは? もう浴びたか?」
「いいえ、まだです」
「じゃあ、洗ってやる」
「えっ? だっ、駄目です! そんなの!」
「なぜ? 駄目なんだ?」
「なぜって……そ、そんなの……ご主人様にさせるわけには……そ、それに、俺……レスト、だから……」
「お前は馬鹿か。言っただろう? お前はオレの物だぞ」
「う……っ」
「身体を洗ってやる。命令だ」
「はい……」
主人の一存で、赤月は彼とともにバスルームへ向かうこととなった。
仄暗いバスルームの中で灯される蝋燭の火が、ゆらゆらと揺らめいている。
部屋の中央に設置されている大理石のバスタブには、仮面と拡声器以外は全てをその身から脱ぎ去ったキョウと、赤月の姿があった。
温かな湯の上に、まるで雲のようにふわふわと浮かぶソープが優しく二人を包み込んでいる。仄かなローズヒップの香りが赤月の鼻孔を擽った。
こんな贅沢な風呂など、キョウの下へ来て初めて経験したこと。いや、そもそもゆっくり湯に浸かること自体が、彼の生の中でほとんどなかった。今ではこの時間が、赤月にとって極楽と味わう至福の時だった。
だが、今夜は赤月だけでなく、彼の主人も共にいる。洗ってやると宣言したキョウは、小柄な赤月を後ろから抱きこむ形で前に置き、ソープをその手に纏わせながら優しく彼の身体を磨いていく。
赤月自身でなら、肌が赤くなるまでタオルでゴシゴシと力強く磨くというのに、キョウはそれを許さなかった。それどころか、レストとして生きた証でもある、大小問わない様々な傷痕の散らばった身体を、彼は慈しむように優しく撫であげるのだ。
別段、今夜初めてキョウと入浴を共にしたわけではない。赤月は何度も断ったが、命令だと言われれば断れなかった。そして風呂に入るたびに、赤月は背中を流される。主人にせねばならないことを、自分がされているのだ。今では大分慣れた事だが、始めのうちは何度も戸惑い、混乱した。
どうしてここまで優しく扱われるのか、赤月にはわからなかった。学もない、能力もない、与えられる雑用をこなすくらいしか取り柄のない自分に、どうしてここまで優しく、労うキョウのことが、何一つわからなかった。
何か裏があるに違いない、その時のためにも、覚悟をしておこうと心に誓っていたのは、いつまでだったか。赤月はいつしか、今の主人に心を奪われていた。一生ついていきたい、傍に置いてほしい。その想いは、日に日に強くなっていくばかり。
今では、主人の事を想うだけで、鼓動がトクトクと速くなる。病気かもしれない。けれどこの感じが嫌ではなかった。主人の事を想って死ぬのなら、それでもいいと。
赤月は主人に惹かれていた。決して抱いてはいけない想いを、決して抱いてはならない相手に。
身分の違う相手。「クラウン」と「レスト」。
赤月はこの想いを、心を、生涯誰にも明かさずに、キョウの傍で仕えようと、心に決めていた。
湯船に浸かってから、もう何分経ったのだろうか。大分体が温まってきた。そろそろ、この至福の時から出なければならないと、赤月は身体を主人に向かって捩じらせる。だが、それを許すまいと、キョウは自身の左腕を赤月の腰に回すと、彼を押え込んだ。
そしてもう片方を赤月の右胸に這わせると、そこにうっすらと色づく薄紅色の突起を、戒めるようにきゅっと摘まんだ。
「う、んっ……」
ピリッ、と痺れるような刺激が全身に伝わる。決して痛いわけではないのに、そう感じざるを得ない若干の刺激だった。そしてそれに伴い、喉からは抑えようのない声が漏れてしまう。
キョウはと言えば、その反応を面白がるように、今度はそこを擽るように優しく指の腹で撫で始めた。
「誰が出ていいと言った? まだ洗い終わってないぞ」
「でもっ……もう、んっ……充分に、洗って、もらっ……」
「まだ、ここが終わってない」
「あ……うんんっ」
「お前、ここを自分で碌に洗わないだろう?」
「ひぅっ」
赤月を窘めるように、キョウは撫でていた右の突起の先端を、ピンッと指で弾いた。撫でられるよりも強い刺激に、喉の奥がひゅっと詰まる。続いて、労わるように撫でられると、今度は何もされていない左側の突起がうずき始めた。自然と腰が浮き、思わず身体を捩じらせてしまう。
赤月のその反応に、キョウは意地の悪そうな笑みを口元だけに浮かべて見せた。
「オレがしっかり洗ってやる」
そう言って、キョウは腰に巻いていた腕を離し、両手を使って二つの突起を弄り始めた。
撫でるのを始め、指で摘まんだり、擽ったり、先端をノックしたり、はたまた膨らみなど全くない赤月の薄い胸板を揉むように這わせたりと、キョウの洗い方は様々だった。
もちろん、彼が洗うという名目で自分の反応を楽しんでいるのはわかっていた。いくら性経験に乏しい赤月でも、この行為が愛撫であることぐらいはわかっている。知識だけは今働いている店で培われているのだ。
そしてこれは、今に始まったことでもない。キョウは時折、赤月の身体で遊ぶことがあった。
だが、己の貧弱で、無数の傷痕が残るこんな身体で遊んで、何が楽しいのかが、赤月にはわからなかった。
自分で思っているとおり、赤月の容姿は別段人目を惹くものではない。赤く大きな瞳が特徴的で、やや女性よりの顔立ちではあるが、それはきっと母親に似たのだろう。しかし、全体的に見ればごくごく平凡な青年である。だからこそ、主人の考えが分からない。
色々な趣向・性癖を持つ人間がこの世に存在することは知っている。だが、赤月自身が慰められる身になるとは思いもしなかった。
それでも、嫌ではなかった。色恋を知らない赤月は、自分の性癖がわからない。また、性に関して非常に淡泊であるため、自慰行為もほとんどしない。だが、異性を想像することはあっても、同性に身体を弄ばれることの想像などはしたことがないため、自分はストレートな人間だと信じて疑わなかった。
なのに、戸惑いこそあるものの、キョウにされているこの行為を心から拒絶したことがない。
初めのうちは勿論、反応してしまう自分の身体に戸惑った。女性ではないのに、ただ胸を愛撫されるだけでどうしてこんなに昂ぶってしまうのかがわからなかった。
今では自慰をする際、キョウにされた愛撫を思い出し、達してしまう身体になっていた。
それどころか、もっと触れられたい、構って欲しいという今までに抱いたことのない欲望が、彼の中で生まれていた。
今受けているこの行為も、駄目だと口では嘯いても、心の奥底では、もっと、もっとと強請っている自分がいる。
そしてそんな浅ましい自分が憎らしかった。レストの分際でと、罵倒するあのマドカの声が頭の中で鳴り響いた。
赤月は必死に、キョウに訴えかけることで、己の欲を制した。
「んあっ……めっ、だめ……ですっ……キョウ、さまっ……ああっ……」
「まだだ。……まだ肝心な所を洗っていない」
「やあっ」
キョウの手が、赤月の中心部に触れる。そこはすでに熱を帯びており、上へ上へと昇り詰めていた。これまで幾度と勃起した姿を見られているが、そう易々と慣れるものではない。
あまりの羞恥に、赤月は瞳の色同様に赤面する。
「なんだ。勃起しているのか?」
「あ、って……やあっ……」
わかっているくせに、わざとらしくも嘯くキョウを、赤月は恨めしく思った。しかし、反論などできるはずがない。
長年レストとして虐げられ、染みついてしまった生き方を、すぐに脱ぎ去ることなど無理な話だ。結局、赤月は俯いて顔を隠すことしかできなかった。
しかし、このままでは粗相をしかねない。敵わないとはわかっていても、共に浸かるこの湯船の中で射精をするわけにはいかなかった。
例え主人がそれを促しているのだとしても、自分の欲で主人の身体を汚すことなど言語道断だ。彼は僅かばかりの抵抗を始めた。
「んっ!」
せめて声を堪えようと歯を食いしばるが、キョウはそれを良しとしない。赤月の口を指でこじ開けると、それを彼の歯の間に滑り込ませた。
「少しでも噛めば仕置きだ。いいな?」
低い声で囁けば、赤月はコクコクと首を縦に振った。
キョウは満足そうに「いい子だ」と囁いた。そして同時に、昂ぶる自身の先端の割れ目をなぞり上げる。
「あぁっ!」
刹那、赤月の身体は沖に上がった魚のように大きく跳ね上がる。また、抑えられない衝動が、部屋いっぱいに反響した。
「あっ、やっ、やめっ……ああっ」
だんだんと熱くなる自身の欲望を、キョウは上下に扱き始める。反り上がるほど熱く猛るそれは、もう弾ける寸前にまで達していた。
だが、湯船の中で吐き出すわけにはいかない。すっかり湯に溶け込んでしまっている先走りはもう仕方がないが、これ以上は流されるわけにはいかないと赤月は声を振り絞った。
「やっ、め……んっ、くだっ……さいっ……」
必死に頭を振って限界だと訴える。だが、キョウはやめるどころかそれを助長するように、赤月の猛りのさらに奥にある秘部へと指を這わせた。
誰にも許したことのないそこは、まるで蕾のように固く閉じている。だが、湯で温まり、柔らかくなった肌の滑りを活かして、キョウはゆっくりと人差し指を侵入させる。
「んんっ」
突然の異物感に、赤月の身体は竦んでしまう。指一本とはいえ、通常は受け入れるべきでない箇所に侵入される不快感と、腸壁を圧迫される苦しさが相交じる。
しかし、そんなことはお構いなしとばかりに、指はさらに奥へと侵入して行く。
「んっ……ふっ……」
前の昂ぶりをゆるゆると扱かれながら、頑なだった後孔は徐々に抵抗をやめ、キョウの指を飲みこんでいく。
そして指の先端がある一点を掠めると、甲高い嬌声を上げた。
「やぁっ、んっ、で、出ちゃうっ……キョウさっ……あっ」
肢体は小刻みに震え、赤月は身悶える。込み上げる射精感を必死で堪えるが、キョウの指はそれをさらに促すように指を抜き差し、前立腺を擦りつける。
聞いていて恥ずかしい自身の喘ぎ声も、今はもう気にならない。
止まらない。
「あっ、ん、でっ、出るっ、だめっ、キョウさまっ」
「ああ、赤月……イけ」
「あっ、ん、んっ、んんー!」
ビクビクッ、と赤月は痙攣し、そしてぐったりと、力が抜けた全身を、背後のキョウへと預けた。バスタブの中で達してしまった自身を恥じるとともに、情けなさが込み上げてくる。
瞬きをすれば、いつの間にか溜まっていた涙が一筋、頬を伝った。
「はぁっ……はぁ……ぁ……ぅ……め、なさ……」
乱れる呼吸を制しながら、謝罪の言葉を口にする。しかし、確信犯であるキョウは赤月の耳元へと唇を寄せ、意地悪に問いかけた。
「悦かったか?」
「んっ……きか、ないで……」
かぁっと込み上げてくる羞恥。
頭を振って、赤月はそっとキョウから離れようと身体を動かした。だが、それを彼が許すはずもない。
キョウは赤月の腰を抱き寄せ、その細い首筋に唇を落とした。
「赤月……」
ちゅ、ちゅ、と音を立てながら羽のように軽いキスを落としていく。そして彼の名を優しく呼ぶが、かの方から返事はない。拗ねているのだろう。もう一度呼んでやれば、「はい」と、普段とは違う、少し低めの声音で返事がきた。
キョウは幼子をあやすように、彼に言い聞かせた。
「心配するな。ちゃんと出てから洗ってやる」
「そんなの……」
必要ありません、とうっかり拒否の言葉を口にしそうになったのを、赤月はすんでのところで抑え込んだ。羞恥のあまり自分を見失い、主人に対して生意気な態度をとってしまった。
すぐにでも謝罪をしなければと思いはしたが、なぜか口にすることができない。それどころか、今は彼に口を利きたくはなかった。
心がムカムカする。新たな感情に、赤月は一人戸惑いを感じていた。
背後では、初めて抱く怒りの感情に戸惑っている彼に、微苦笑する主人が見守っていた。
そしてその背に、さらにキスを落とそうとした時、キョウの動きがピタリと止まった。
「キョウ、様?」
怪訝に思った彼が振り返ると、キョウは仮面の上から眉間の辺りを押さえている。どうしたのかと、赤月が尋ねようと口を開けば、その前にキョウの言葉が遮った。
「何でもない。気にするな」
「ですが……」
「いい。ただの疲れだろ。それより、まだ元気そうだな」
「あっ……」
心配を余所へやるように、不敵に微笑むキョウが再び、絶頂を迎えたばかりの赤月をその手に包み込んだ。まだ熱を帯びているそれは固く、奥にある袋も揉んでやれば再び上へと昇り始めた。
キョウは赤月の耳介を舐めあげ、囁いた。
「空になるまでイかせてやる」